この記録に残す星の数をいくつにすればいいのか、何を意味するのか、よくわからない(それはいつもそうなんだけど)。
キャッチーなコピーでもあり、鑑賞のガイドにもなるタイトル。
他人の家族を数十年分連続して見るというだけでも、もう、すごい映像だった。
とても会話の多い家族だと思う。
そうでない場合の様子がわからないけれど、もしかすると、カメラを向けることがコミュニケーションを手伝っていたのかも。
定点観測だからこその、家が散らかっていく様子にどきりとした。
老いていくことは明確に「死」を連想させるものだとも感じた。
映画を通じて目撃するのは、家父長制の構造と、"昭和的"価値観によって守られようとするもの。全員が苦しそうで、それでも"家庭"は取り繕われる。
医学も今とは違うだろうし、"精神疾患"への偏見も強かったはず。
「病院へ連れて行く」という、ただそれだけのことが、2024(5)年に考えるよりも、ずっと難しいのだとは思う。
裕福な家庭であること、科学者であることも含めて。
父は、「ある意味、充実した人生だった」といい、「失敗したとは思わない」という。
そして、映像を他人に見せても構わないという。
勝手な想像もできないけれど、だとしたら、本心なのかもしれない。
あるいは、そう思うしかないのかもしれない。
映画的"山場"は、3ヶ月の投薬後の明確な回復だろう。初めて映されるコミュニケーションや、カメラに対しておどける姿。姉は20年間のことを振り返ることができるのだろうか。どう想像したって残酷だし、弟である監督からはそんなこと訊けなかったんだろうな。
上映が終わって、隣の席の二人が「兄弟姉妹がもう一人いたら違ってたかもしれないね」と話していた。
家族の外の者では、うろたえながらお茶を渡すことしかできないよなあ。