Rin

メイデンのRinのレビュー・感想・評価

メイデン(2022年製作の映画)
-
こういう作品にハマれなくても大丈夫、優しさが足りなかったなんて思わなくていい──喪失の物語はたいてい残された人視点で描かれるが、本作は行ってしまった人に視点のバトンが渡される。『スタンド・バイ・ミー』との最も大きな違いはそこだろう。川辺と夕暮れ、列車と高架、スケートボード、ローファイなサウンド、モラトリアムの終わり。感傷に浸るなと言われても難しい。間違いなく良い映画でもあった。でも私はこの映画が「ハマれませんでした」という人の味方をしたい。私もそうだったし。

この手の喪失を描いた淡い映画は、映画の余白を埋める個人的な喪失体験を持ち合わせているか、あるいは鑑賞時点の心理が共感に適した状態にあるか、少なくともどちらかが観客に求められる。良し悪しじゃなくてそういう「造り」。だから、共感できなかった時に自分の優しさが足りない所為だったのかなと自責に向かわなくて大丈夫。無理に映画を褒める必要もない。でもいつかもう一回観たときにはハマれるかもしれない。ハマれないかもしれない。どっちでも大丈夫。

『メイデン』で生死の境目を越える装置だった「列車」という乗り物について。列車は恐怖と安心感のどちらも呼び起こす不思議な実体だ。速度を獲得した巨大な鉄の塊は人の肉体を簡単に破壊する力を持つ。一方で、列車の持つある種の規則正しさは、不条理に翻弄されて生きなければならない人という生き物の不安に落ち着きを与えてくれる。列車は一定のリズムでレール音を刻みながら、決められたルートを決められた時間に、一定速度で移動する。列車に揺られる時の安心感は列車が生来的に兼ね備えた揺るぎなさからもたらされるのものなのだと思う。『メイデン』で列車が生死の境目に置かれていたのは列車が死と安らぎを併せ持つ凶暴な揺り籠だからだろう(その意味で、列車は海と非常に近しい存在だ)。映画はほとんどその誕生の瞬間から列車を映していた。なぜ列車がそれほどカメラを惹きつけてやまないのか。それは列車が人間とよく似た二面性を持つからなのかもしれない。
0件

    いいね!したユーザー

    Rin

    Rin

    映画の感想を書きます。「願ったり叶ったり」の同義語として「願ったら叶ったよ」をこっそり使う草の根運動やってく。死ぬまでに観たい映画1001本(第五版)マラソンもやってく。Xにも感想を投稿していますが…

    映画の感想を書きます。「願ったり叶ったり」の同義語として「願ったら叶ったよ」をこっそり使う草の根運動やってく。死ぬまでに観たい映画1001本(第五版)マラソンもやってく。Xにも感想を投稿していますが、内容はFilmarksと一緒です(https://x.com/rinfilms1)。 1998.10.05生まれ/文学部図書館・情報学専攻→コンサル/生涯恵比寿住み予定(都内映画館へのアクセスが良すぎるため)