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Where to Land(原題)
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『Where to Land(原題)』に投稿された感想・評価

ハル・ハートリー作品~
二年前ぐらいにクラウド・ファンディングに参加して、ようやくBlu-rayが届きました。

主人公のジョーは60歳手前の映画監督。かつては売れっ子であったものの今は鳴かず飛ばずのため、墓守の仕事に就こうとしている。彼は離婚し、子どももいない。けれど姪のヴェロニカがいて、彼の家を訪れると病院からの手紙を見つけてしまう。さらに人づてに彼が墓を訪れたことも知る。そこからヴェロニカはジョーが自死をするのではないかと疑い、何とか阻止しようとするが…

以下、ネタバレを含みます。

劇中で『トラスト・ミー』にやんわりと言及したり、ジョーの人物造形から、本作はハル・ハートリー自身の心境を多分に反映させた作品のように思う。だからジョーに自死の意志はないとは言え、人生の終わりを感じて遺言書を準備したり、監督業から引退しようとするのは理解しつつも悲しい。年を感じるからだ。栄枯盛衰を経験した人生という年を。

そんな物悲しさが物語の底流にはあるが、それでも本作はハル・ハートリーらしい「笑劇」だ。

ヴェロニカの疑いは誤解であって、シンプルなすれ違いドラマに思わず笑ってしまう。
彼女がジョーの家に再び行くと彼は平然といる。しかも気の知れた仲間と共に。それには彼女と同じく心配でついてきた現・恋人のミュリエルも失神してしまうほどだ。結局、何やかんやでジョーの家には大勢の人が集ってくる。元妻も彼の子らしい若者も誰もかも。そんな様には『アンビリーバブル・トゥルース』の終盤を思い出さずにはいられないのだが、物悲しさとは対極な多幸感に溢れている。

思えばジョーが墓守の仕事をしようとしたのは、「維持/maintain」に惹かれたからだ。1年を通して成長する墓地の草木≒自然を維持することに。自然は私利私欲にまみれた人間社会から遠く離れて成長する。そしてそんな自然に囲まれた墓の維持は、「死んでいること」の維持であり、ジョーの心境には合致するのだろう。

ジョーの家での大集合にも「維持」は感じられる。しかしそれは「死んでいること」の維持ではなく、「生きていくこと」の維持だ。
誰かを思ってやって来て、いやそんな大義もなくふらっとやって来る人もいて。なんか上手いビールを飲みながら語らい、音楽を奏で、哲学談義をして、政治についても話し合う。そんなありふれているけれど、生きていく上では大切な維持の営みが行われている。だから彼らも私も幸せになって笑うことができる。

Blu-ray所収のボーナストラックにハル・ハートリーのインタビューシーンがあるが、そこで彼は本作を円のようにして原点に回帰したと言いつつも、最後の作品だと言っていた。それはジョークであってほしいし、映画を作り続けてほしいとは思う。これからも見続けるであろう私からの切な願いだ。
hoshi
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クラファンのリターンでBlu-rayが届きました。
クラウドファンディングによる資金調達、コロナ禍による制作中断を経て完成した本作。ネッド・ライフル以来11年ぶりとなる長編映画であり、ハルハートリーの集大成と呼ぶにふさわしい一本。

ビル・セイジ、ロバート・ジョン・バークといったハートリー作品常連の俳優たちが再集結し同窓会のような空気を帯びている。

映像はアート感にあふれているが、どこかおしゃれになりすぎず、洗練と素朴さのあいだを保ちながら、ニューヨークの素の表情を見事に捉えている点も印象的。作り込まれた構図の中に、生活の温度や街のざらつきが確かに残っている。

序盤にはアンビリーバブル・トゥルースを彷彿とさせるゴダール的なカッティングがあり、中盤では相変わらずの哲学的で不器用なセリフの応酬が続き、終盤には、勘違いが連鎖するドタバタ喜劇が展開される。まさに、ハートリーの作風が凝縮された集大成的な映画。

物語は、映画監督を引退し第二の人生を歩もうとする主人公が、自身の行動や遺言の作成をきっかけに周囲の人々に誤解されていく、いわば王道の勘違いコメディ。ハートリーは登場人物たちの勘違いを冷笑的に描かず、愚かだと切り捨てることも、皮肉の対象として消費することもしない。
ハートリーが貫いているのは、世界を信じるという一貫した態度で主人公に寄り添いながらも決して甘くはならず、あくまで誠実に人間を見つめる。その優しさは感傷的なものではなく、世界や物語に対する倫理的な姿勢として機能している。知的なセリフとユーモアは、その態度を観客に伝えるための手段だと感じた。

本作はこれが引退作品なのかと思わせつつ、ラストのセリフは未来への可能性をわずかに残し、なんともハートリーらしい終わり方。

上映時間は約75分とかなり短く正直に言えば、もう少し寄り道をしながら、彼の表現世界に長く浸っていたかったという思いは残る。それでも、限られた時間の中でここまで明確に作家としての態度を示したこと自体がこの映画の価値なのだと思う。

改めてハルハートリーが好きだと再認識できた作品。