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『99 Women(英題)』に投稿された感想・評価

エクスプロイテーション映画のトップジャンル女囚もの=WIP(women in prison film)の先駆作。ユーロ・トラッシュの帝王ジェス・フランコ監督の全盛期の一本。製作・脚本ハリー・アラン・タワーズ。音楽ブルーノ・ニコライ。

「死の島」と呼ばれる監獄島に新たな女囚マリー(マリア・ローム)、ヘルガ(エリザ・モンテス)ナタリー(ルチアナ・パルッツィ)が移送されてきた。待ち受けていたのは女看守テルマ・ディアス(メルセデス・マッケンブリッジ)による非情な支配だった。マリーは“99号”と番号名を付けられる。看守テルマは女囚を拷問によって管理する一方、監獄所長サントス(ハーバート・ロム)の機嫌をとるために女囚をあてがう。そんな中、体調を崩したナタリーが放置されて死亡。当局は相次ぐ囚人の不審死を調査するため人権派の監察官レオニー(マリア・シェル)を派遣する。一方、古参の女囚ゾーイ(ロザルバ・ネリ)からの虐めに反発したマリー、ヘルガ、ロザリー(コレット・ジャック)は島から脱出しようとジャングルへと逃走するが、途中で男性刑務所の囚人と出くわしてしまう。。。

久々に個人的お気に入りのジェス・フランコ監督映画を鑑賞。本作は名著『異形の監督 ジェス・フランコ』(2005)ではほぼスルーされており(著者がWIPを好まないため)、日本では全く知られていないが、世界的には以降数百本制作されるWIPの火付け役として重要視されている。

女囚の映画としては先行した社会派作品「女囚の掟」(1950:ジョン・クロムウェル監督)が有名で、本作のフォーマットは同作をほぼなぞったもの。しかし大きな違いは女囚の脱出劇と男からの暴行がクライマックスに据えられている事。この点がエクスプロイテーション映画としての肝となり以降のWIPブームへと繋がっていく。

ただし、当時のジェス監督は独自のアート性を追求している時期にあり、即物的なエロ&ヴァイオレンス描写は少ない。目立つのは監督の好む古城(刑務所)ロケーションと、前年の「濡れた恍惚」(1968)から用い始めた“ナイトクラブ・ヌードショーの前衛演出”だった。ちなみにジェス監督の同年次作はマルキ・ド・サド原作「悪徳の快楽」(1969)、次いでソリダッド・ミランダ初主演の「ヴァンピロス・レスボス」(1970)と代表作を連発することになる。

本作の着地点は「女囚の掟」と同様に人権派の女囚擁護者が敗北し、女囚の人権など認めない支配管理者が生きながらえるという皮肉なもの。その立ち位置は“権力許すまじ”の反体制側なのは明らかだが、「女囚701号さそり」(1972)のような弱者逆転のカタルシスは得られないため、頭がお花畑な反知性の向きには全く受けないだろう。

なお、本作は各国の興行主によって改変が加えられ無数のバージョンが存在する。リアルエンドは、島を去り行く人権派監察官レオニーの元へ「近日中に監獄島に対する大規模捜査が行われる」との朗報が届くというものだがあまり出回ってはいない。一方、ネット上にはハードコアポルノシーンが勝手に挿入された劣悪バージョンが大量に出回っているので要注意。

本作はアメリカに輸出され大ヒットした。これに目を付けたロジャー・コーマンが「残酷女刑務所」(1971:ジャック・ヒル監督×パム・グリア初出演)を製作し爆発的ヒットを記録。WIPをドル箱ジャンルとして決定づけることになる。

※主演マリア・ロームは製作ハリー・アラン・タワーズの妻。

※雑感
本作の様に、戦後は「力による一方的強行は悪」というのが世界共通認識だった。しかし今日の世界ではトランプ大統領の一方的強行がまかり通り、日本政府は賛同の意を公式表明した。ならば、北方四島や竹島を他国が一方的な武力の強行で占領された場合、日本はどのように主張するのか。

「弱きを助け強きをくじく」という日本の美徳は何処に消えたのだろう。「強気を助け弱きをくじく」がスタンダードになった現在、これまで作られてきた映画の物語はナンセンスと受容されていくのだろうか。世の中がよくわからない。