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『17(原題)』に投稿された感想・評価

[北マケドニア、悪夢の修学旅行] 80点

Kosara Mitić長編一作目。私の天敵の一人であるオグニェン・スヴィリチッチが共同脚本に入っていたので警戒していたが杞憂だった。物語は17歳の少女が独りで生んだ赤ちゃんを捨てたという実際の事件を基にしている。映画はセックスシーンで幕を開ける。少女の顔の近くに置かれたカメラは若い男女のセックスを捉え、次第にそれが二人の少年と一人の少女によるものであることが分かり、更にそれが合意のない暴力的なものであることが判明していく。彼女の名前はサラ。ある時、彼女は高校の修学旅行でギリシャに行くことになる。生徒たちは女性の担任教師を(含めて大人全員を)舐め腐っているため、指示は無視して騒ぎまくり、酒も煙草もやりたい放題。博物館に行くはずが生徒たちの猛烈な反発によって自由行動となり、発情期の猿のようなクラスメイト達は生活圏から遠く離れた地で自由時間を"謳歌"する。一方、サラは誰とも交わらずに部屋の中にいた。ダルデンヌ的な執拗な顔のアップと追い回しは、彼女の置かれた状況を克明に描写し、休む暇すら与えない。或いは、自分が妊娠しているという事実を必死に遠ざけようとする悲しい努力にも見える。顔ばかり撮ってるので、観客は開始30分経つまで、他の登場人物たちと同様に彼女が妊娠していることに気付けない。グロテスクなのは家族すら気付いてないことか。特に母親は"皺になるから日焼け止めは塗れ"と、まるでそれだけが大事であるかのように言うだけで、彼女の身体すら見ていないのだ。旧ユーゴ圏映画で学生の修学旅行と妊娠というテーマだとUna Gunjak『Excursion』があった。これは、ボスニア北部の中学校で、修学旅行中に7人の女生徒が妊娠したという実際の事件に着想を得て作られた作品であり、初体験と妊娠をでっちあげた少女イマンの内面を覗き見るような作品だった。若干浮いてるものの他の生徒と深刻に仲が悪いわけではなく、かといって特に目立つわけでもない孤独なイマンは、サラとも重なってくる。唯一の違いは、イマンにはハナという親友がいたのに対して、サラには誰もいないということだ(元親友ニナは一軍に転向してしまった)。

サラをレイプしたのはクラスでも人気者の二人だった。この二人はサラと3Pしたと言いふらし、二人の取り巻き女子たちはそれを冷やかし始める。そんな中でサラは、自分の二の舞にさせないために、同室のおとなしいリナが夜中のパーティに行くのを止めようと奮闘する。しかし結局失敗してしまい、リナも同じ目にあってしまう。サラがリナを助け出すシーンは本当にグロテスクだ。二人の男が泥酔したリナをレイプする横で、同じクラスの一軍女子たちは酒を飲んでそれを無視し、その奥で別の男子たちが無関係のような顔をしてゲームに熱中しているのだ。そして、レイプを止めたサラはレイプしていた生徒(恐らくサラをレイプしたのと同じ男だ)にどつかれ、腹を蹴られる。地獄すぎる。そして、あまりにも悲しい方法で自分の状況を共有できる人物を得てしまったのだった。それでもそこには彼女が得られなかった連帯が生まれる。イマンに対するハナのような。この繋がりはラストシーンまで続く。それ自体が彼女の救うわけではないのは少々ビターすぎる気もするが。

ちなみに、撮影はDina Duma『Sisterhood』、ゴラン・ストレフスキ『Housekeeping for Beginners』、Georgi M. Unkovski『DJ Ahmet』など近年の重要な北マケドニア映画に関わっているNaum Doksevski。ミルチョ・マンチェフスキ、テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ以下の若手世代もコンスタントに出ている印象だが、数を作れないのが難点。
ベルリン国際映画祭にて。

上映前のイントロダクションでプログラマーからトリガーアラートがあった。
性暴力で望まぬ妊娠をした17歳の辛くて未熟で残酷な物語。
倫理的にいろいろと議論されることはそれだけではないし、主人公だけが責められるものではなく、問題はもっと根深い。

17歳のサラは秘密を抱えたまま学校に通い、クラスメイトとも距離をとりながら、修学旅行に向かう。
もしかしてこうなるんじゃないか?ということが起こる。

こういう時に頼れる大人や友人がいないことがどれだけしんどいか。
集団に属していても孤独を感じる状況で、正直に話す勇気があっただろうか。
なんとか打ち明けて心的には重荷はなくなっても、未熟な十代の少女に出来ることはそんなにない。

ラスト15分ぐらい(?)は相当しんどい。
サラの決断とその結果。
いいのかそれでと言いたくもなるかもしれないが、あの状況で、そこまで心身共に成熟していない十代のサラの行動、ものすごく生々しい。

そして残酷なまま終わるのではなくほんの少しだけ救いを感じるが、厳しいエンディングであることは変わりない。
あの後サラはどうするつもりなんだろうか。