2026年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。エマニュエル・マール単独長編一作目。"二次大戦期のフランス国民はレジスタンスに協力してナチスの圧政に打ち勝ったのだ…!"というレジスタンス神話が終戦直後から広く信じられており、全くそんなことはなかったという事実を描くことはタブーとされてきた。今年はグザヴィエ・ジャノリの超大作『The Rays and Shadows』と本作品という、戦時下でドイツに協力したフランス人を描く作品が二本も登場した。本作品は監督の曾祖父母の手紙のやり取りに着想を得ており、実際に曾祖父アンリはヴィシー政権の下級役人としてその支配に協力していたらしい。物語は熱心なペタン信者であるアンリがヴィシー政権の役人になるべくヴィシーにやって来るところから始まる。早速、役人たちのパーティに潜入した彼は、自著「我らの救済」を携えて役人たちの自慢話に割って入り、自説を展開して自著を配って必死にアピールをする。やがて、それらの活動は実を結び、失業対策課という末端で仕事をすることになる。自分のオフィスを持ち、部下や秘書まで抱えることになったが、彼の前にはドイツ軍が立ちはだかる…云々。戦闘描写など劇的な瞬間は一切なく、とにかく地味な事務作業ばかり映し出される。激しいハンディ撮影と被写体に近すぎる光源で心霊ドキュメンタリーみたいになってる映像や明らかに当時の風景にそぐわない電子音楽などを登場させることで、どこか現代的な雰囲気を纏っている。まるで戦争のなかった1940年代に転生したかのようだ。しかし、戦争は映っていないだけで確実に進行している。ペタン信者である前に迎合主義者かつ出世主義者であるアンリは、"かつてのフランスが崩壊した現在は全ての機構を刷新する良い機会だ"と宣っていたがすぐに既存の官僚主義に迎合し、仕事で扱っている対象についても本質的には無関心であり、上から要請されたユダヤ人の"排除"について内容をちゃんと理解しながら特に反発することなく実行し、与えられた地位を守ろうと奔走している。そして、それらすべての言い訳は"より良いフランスのため"なのだ。随所に挟まれる妻ポーレットからの手紙には恨み節が綴られているが、モラ夫っぽいアンリは意に介さず一方的に愛を伝える。そして、ユダヤ人から奪った高級住宅に家族を招く…まさに地獄だ。