【心の中】
冒頭でサラリーマンの役所広司が謎の手紙を読み、浮気中の妻を出歯包丁で惨殺したあと「フ〜ン、フ〜〜ン♫」と鼻歌を歌いながら血塗れで自転車を漕いで警察署へ出頭するシークエンスが傑出しておりズルズルと映画の世界に引き込まれる。
今村昌平晩年の重喜劇。『豚と軍艦』『赤い殺意』『人類学入門』など日本の根源的エロスと土俗表現を探求してきた巨匠ならではの冷めた視点が秀逸で、安直なお涙頂戴モノにならないのはさすが。
日本映画がどんどん都会的でオシャレになっていく90年代に於いてここまで貧乏臭い風景を追求した作品も珍しい。日活ロマンポルノ並みのSEXシーンが二箇所ある。
吉村昭の小説『闇にひらめく』を大胆に改変した「仮釈放中に体験するファンタジーなひと時」であり、主人公の理髪店を経営する役所広司が最終的に刑務所に戻るという皮肉なオチなんだがストーリー性がとことん希薄でただ単に「世界体験」があるだけの映画。
結局、何処へ逃げても囚人でしかない哀れな運命を背負った役所広司は『シュトロツェクの不思議な旅』のブルーノ・Sにも近いものがある。狂気と不条理を内包した一級の文学を読んだような気分にさせてくれる。
殺した筈の妻とそっくりな清水美紗が魅力的で和製ジュリエット・ビノシュみたいな雰囲気がある。ラストのUFO🛸降臨シーンが人を食った感じで好き。