かつを(@katsuwow)

マイ・マザーのかつを(@katsuwow)のネタバレレビュー・内容・結末

マイ・マザー(2009年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

黄金町ジャック&ベティにて

グザヴィエ・ドラン監督作は「わたしはロランス」TIFF2013で「トム・アット・ザ・ファーム」と観ているので、このデビュー作は劇場で観てみたかった。とにかく「恐ろしい」という印象が残った作品だった。

思春期の子供が親に向ける苛立ちを、オブラートに全く包まず、攻撃的に描いている本作品。主人公・ユベールのセルフビデオのモノローグによって母に対するやり場のない思いが描かれていた。何がぞっとしたって、パンを食べる母の口のアップ。この絵を観た時、人間の”穴”は基本的に不浄で、そこに行為の強い意味付けをすることで正当化していたんだ…と思わせる強烈なインパクトがあった。

彼は幼い頃の美しかった思い出を懐かしみながら、過干渉で自己中心的な母親(父親は離婚後別居している。)に対して憎悪に身もだえる。学校で「母は死んだ」と嘘をつくくらい、存在を消してしまいたい。親の機嫌取りをすればいい方向に動いていくだろうという目論見も外れる。そして母の耳にユベールが同級生の男の子とつきあっていることが知られてしまう。自立しようとしていたのに阻止され、両親からは全寮制の学校に転校させられてしまうのだが…。

しかし、母親は亡き者扱いされるほどひどいのか。親の目線で考えた時、同情してしまう面が多かった。一人息子であればかわいい。だが加齢と共に忘れっぽくなり、また都合が悪いことは適当に受け流さないと社会の中でやっていけないことも多いはずだ。それが家という小さな社会で展開されてしまっていただけ。子供だってその位諦めてやれよ、と。だが、ユベールの目線はそのエクスキューズを一切加味しない。

それどころか、「母を愛している」と「殺したい程の耐えられない存在」との表裏一体の感情が繰り返し描かれ、観ていた私の頭がどうにかなってしまいそうな疑似体験をした。親に対して不満が爆発することは17歳という年齢であればよくみられることだけど、この原因を「離婚による父親の不在」という緩い感情論に持っていかず、直接的に母親の人間性をなぶっているところにユベールの狂気を感じた。

17歳の傲慢さは、恋人のアントナンとのやりとりや、学校の教師のジュリーとのやりとりで強調された。恋人を都合よく使うユベール。そしてジュリーは親から逃げてきたユベールを保護し、話を聞いてあげた役どころだった。ジュリー自身は父親と絶縁状態になっていたが、きっかけがあり再会したものの、うまくいかなかったとユベールに対して伝えている。これは彼に対して自分の力でどうにかならないものもある、親を憎んでいる自分を許してあげるよう間接的に伝えたのだと思った。

ジュリーはユベールに対して手紙を何度も出しているが、その中に詩を送ったものがあった。

「あなたは海底の魚。盲目で光輝いている。
 あなたは荒波を泳ぐ。現代の怒りと別世代の詩を携えて」

若くて見えないものはある。怒りは、期待している相手に求めるものの大きさを測るのいびつな表現の一つだ。その基準を決めるのは自分である。目の前の現実と折り合いをつけて生きてきてしまった私にとっては、17歳という若さへの憧憬より、失った切なさの方が重く心に残る作品だった。