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パーフェクトブルーのKZKのネタバレレビュー・内容・結末

パーフェクトブルー(1998年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

・先日観たパプリカでドはまりした今監督の初監督作品。
・ネット、ストーカー、アイドルといった切り口は現代でも全く色あせることのないテーマ。90年代後半のネット黎明期にこの観点でアニメを作ったのが凄い。表面的問題ではなく、本質の部分を扱っているので、ネットのあり方やアイドルの形態は様変わりしたものの、20年経っても内容は陳腐化していない。
・「虚構と現実の境目の曖昧さ」を描かせたら一番の監督だと思う。今でこそCGが発達したので、いろんな撮り方があるのかもしれないが、20世紀にこれだけ現実と妄想が重なり合う世界を描こうとしたらアニメ以外の手法はなかったのではないかと思う。(CGなしで実写化したら大変寒い映像になること間違いない。)
・特に、バーチャル麻未の軽やかな移動シーンはアニメーションならではの動きで、ゾクゾクとしてしまう。
・この映画で一番好きなのは、写真家村野の刺殺シーン。
・キーワードは、「主観への進入」、「劇中劇」、「入れ子構造」、「ペルソナ」
・以下、数回見直した上での考察など。

●ルミついて
・マネージャーのルミは、現在は見る影もないが元アイドル。自分が叶えられなかった夢を未麻に託すように仕事をする中で、「アイドルの未麻」と「自分」の境が曖昧となり、最終的には「アイドルの未麻」という人格を別人格として持つようになる。
・ルミは「未麻の部屋」というホームページを作成、そこで「アイドルの未麻」として日記を書き始める。(パソコンやネットがまだ珍しかった90年代後半だが、ルミはパソコンについてよく知っており、未麻の部屋にパソコンを設置する際に助けてくれる。)
・ルミは「未麻の部屋」を通しME-MANIAにメールすることで、脚本家の渋谷や、写真家の村野をME-MANIAに殺させていた。
→「本当の未麻リンは毎日僕にメールをくれるんだ。お前が邪魔ばかりするって!」「あなたが殺したの?」「もうすぐお前もな!」
・ルミが何度もあくびをしているのは、別人格の「アイドルの未麻」が夜に作業をしており、実質的に眠れていないからか。
・事務所の田所とME-MANIAを殺したのはルミだろう。田所は未麻の次の仕事として「お色気シーンアリのビデオ映画の主役」の仕事を持ってくる。その話を聞いたルミの中の「アイドルの未麻」が田所を殺したと考えられる。ME-MANIAは未麻を殺し損ねた為にルミに殺される。

●ME-MANIAについて
・ME-MANIAは未麻のファンだったが、ストーカー化する。
・「未麻の部屋」に日記を載せているのは未麻本人だと思っており、このHPを通じてメールのやりとりをするようになる。
・当初は、ライブの邪魔をした男に警備員として文句を言ったり、その男を後日をひき逃げしたりと、未麻を守るための行動をとる。(ひき逃げの記事をエレベーターに貼ったのは「今後の未麻の行動次第では、未麻自身に危害を加えうる」という意思表示、脅しにも思える。)
・しかしその後、未麻はドラマでレイプシーンに挑戦。アイドルから女優への本格的転身を図るが、ME-MANIAは書店で未麻のインタビュー記事が載った週刊誌を破き捨てる。
・後日、未麻にレイプシーンを演じさせた張本人である脚本家の渋谷がME-MANIAにより殺される。
・脚本家の渋谷は死んだが、今度は週刊誌でヌード撮影が行われ、未麻のアイドル像は完全に破壊される。ME-MANIAは激しく動揺し、未麻のヌード姿が載った週刊誌を書店から買い占める。これは「他の男に未麻の痴態を見せたくない」という気持ちから。この後、写真家の村野も脚本家と同様にアイスピックで刺され、殺される。
・2人とも目を潰されるが、これは「未麻の痴態を世間の目に晒した」ことに対する仕返しであり、人々の目に触れるようにした男達への罰として目が潰されたものと考えられる。

●「裏切り者」と書いたFAX、爆発した封筒
・これらは誰がやったのか判断不明。しかし、どちらもルミによるものではないかと思う。
・FAXと封筒については、怪文書の作りが似ており、同一人物によるものと考えられるが、アイドルを辞めたことを「裏切り」だと考えているのが特徴的。
・ME-MANIAがやったとも考えられるが、彼は未麻のドラマ撮影現場にビデオカメラを持って現れており、アイドルを辞めたからといって彼女のファンを辞めた訳ではなかった。あくまでも、レイプシーンやヌード撮影がキッカケとなり、「アイドルである未麻」のイメージを崩そうとする「女優の未麻」を排除しようとしたのであり、アイドルを辞めること自体を「裏切り」と考えていたとは思えない。
・一方、ルミは未麻をあくまでも「アイドル」として売りたいと考えており、そこに自分の叶えられなかった夢も載せるような形だったため、女優への転身は正に「裏切り」となった。ルミの人格がFAXや封筒を送ったのではなく、彼女の中の「アイドル未麻」の人格がやったものと思われる。

●CHAMのライブに出現した未麻の謎
・新曲発売ライブに出演した2人組となったCHAM。しかし、曲の途中にバーチャル未麻が出現する。
・ライブ会場の観客たちは、「ライブに未麻が出演すると未麻の部屋には書いてあった」と噂していた。つまり、HPを管理しているルミ(のもう一人の人格)がHP上に書いたということ。ということは、ステージに急に出てきたのはアイドルの衣装を来たルミだった可能性が高い。(ライブ終了後にはHPの日記で、「今日はイベントに来てくれてありがとう。やっぱりみんなの前で歌うのがサイコオよ」とも書いている。)
・では、未麻と似ても似つかないルミを、なぜ未麻だとみんな思ったのか。これについては科学的な説明は出来そうもない。非科学的な解釈をするとすれば、「ルミに『アイドルの未麻』が憑りついた」と考えられる。ここでいう「アイドルの未麻」とは、レイプシーンによって死んでしまった未麻であり、ガラスや鏡ごしに話しかけてくるアイドル衣装姿の未麻である。元々、未麻を別人格として持っていたルミだが、未麻の生霊のような「アイドル未麻」が憑依したことで、観客には本当の未麻に見えてしまった、と考えられる。(当然、現実世界ではありえない話だが)

●レイプシーンについて
・正視に耐えないシーンだが、監督曰く、映画ではなくビデオ作品になる予定だったこともあり、何とか話題性を得ようとしたが、結果やりすぎた、とのこと。
・同じく、監督による解説によると、撮影開始とともにカメラが上に上がるが、これは男性器の勃起を象徴。男性により食い物とされるこのシーンにより、アイドルとしての未麻は死ぬ。そのため、このシーンの格好はアイドルをしていた時の衣装と似ている。
・また、次のシーンのメイク室では、黒色の服を着て俯いているが、これは実質的に喪服であり、俯いているのは葬儀だから、とのこと。

●未麻の部屋について
・監督による解説曰く、部屋は未麻の心情を投影している。レイプシーンから帰ってくる   と部屋をめちゃめちゃに荒らすのは、未麻の心が荒れているから。(魚が死んだのはおそらく心がダメージを負ったから。)また、熱帯魚が2匹だけ生き残るが、これは未麻の中にいる「2人の未麻」を象徴。アイドルの未麻と女優を目指す未麻。

●ラストシーンについて
・こちらも監督の解説曰く。エピローグシーンで未麻は医者に「あの人のおかげで今の私があるんですから」と言うが、これはルミへの言葉であると同時にアイドルだった自分への言葉でもある。女優として成功したであろう未麻からの、ルミへの感謝であると同時に昔の自分への感謝でもある。
・ラストシーン、未麻は車の中でサングラスをとり、バックミラー越しに「私は本物だよ。」と言い笑う。様々な解釈が出来るが、監督曰く、「私は本物だ、ということに疑いがある。」ということを示しているとのこと。未麻は事件を通して以前よりは「確固とした私」に成長した。過去の自分と決別した訳だが、これをもって自己が確立される訳ではなく、困難→成長→困難→成長とずっと続いていく。(自己が確立されることはなく、自己のようなものが確立されては壁にぶつかり崩れ、そこから自己を形作る、という作業が繰り返さる)
・にもかかわらず、彼女が鏡越しではなく直接に「私は本物だよ。」と言ったとすると、まるで「確固とした自分」を持ったかのように思えてしまうので、あえて鏡越しにすることでその言葉に疑いを持たせた、とのこと。
・いずれにしても、監督としては「いろんな解釈があっていい。いろんな解釈があった方が豊か。」と言っており、これが正しい、という正解はないそう。

●アイドルの未麻の封印
・未麻はアイドルから女優に転身しようとするが、レイプシーンの撮影により「アイドルとしての未麻」は死んでしまう。この死んだ未麻は、本来「昔の自分」として封印されるべきものだったが、彼女はその封印に失敗。過去の美化と現在の女優とは名ばかりの仕事もあいまって、「あるべき、理想の、光の存在」としてアイドル未麻が自分から乖離し、コントロールできなくなる。
・ここにさらに「未麻の部屋」の日記もあいまって、本当の自分とはどの未麻なのか分からなくなりはじめ、自己同一性が崩壊した結果、まさに「あなた、誰なの?」という状態に陥る。
・このままいけば解離性障害を発症(既に発症していたとすれば重篤化)してしまうところだったが、上述のとおり、ルミという「憑代」が登場したことで、未麻の中にいたアイドル未麻はルミに憑依する。ルミが自身の別人格としてアイドル未麻を持ったことで、未麻は過去の自分と決別することが可能になり、精神が安定するようになった。代わりにルミはアイドル未麻=過去に縛られ抜け出せなくなった。ルミはある意味、アイドル未麻という悪霊を自身の中に封印したともいえる。


●日付の謎
・6月24日の日付で「未麻の部屋」には「全部脚本家が悪いの!」という日記が載る。これを受けてME-MANIAが脚本家を殺すはずだが、6月21日に行われたCHAMのミニアルバム発売イベントの時点で脚本家は殺されている。(イベント会場のオタクが脚本家の殺害について話をしている。)
・これは単純に日付感覚を制作人が間違えたのか、それとも何か別の解釈が出来るようになっているのか。
・また、未麻の部屋に出てくるカレンダーは所々おかしい。例えば、未麻の部屋そっくりのルミの部屋のカレンダーは7月1日が木曜日になっているシーンと、月曜日になっているシーンがある。同じカレンダーなのに、シーンによって変わってしまう。また、7月は31日間あるにも関わらず、7月30日までしかないカレンダーが出てくるシーンがある。
・これらは意図的なものなのか。事故なのか。監督のインタビューを聞く限り、予算も少なく、監督自らが多々手を動かして作った作品で、知らないうちに作業が海外の下請けに出されていたりと、かなり雑な工程で作られていったそうなので、細かいところまで手が回らなかった可能性は大きい。
・いずれにしても名作に違いはない。
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