みはしゅん

稲村ジェーンのみはしゅんのレビュー・感想・評価

稲村ジェーン(1990年製作の映画)
3.5
サザンオールスターズの最後の夏フェスであるロッキン2024を目前に控えた9月半ば。
このタイミングで桑田佳祐の初監督にして唯一の映画作品である今作のレビューをしてみたいと思う。

前提として、私はサザン桑田が好きすぎて桑田佳祐のお膝元・茅ヶ崎に引っ越すほどのファンである。
桑田佳祐の本やインタビューは大方読破している。当時と今の証言を鑑みながら、最大限桑田さんを擁護しながらレビューしたいと思う。

◎音楽
これは誰もが認めるだろう。今作がなければ『希望の轍』『真夏の果実』といった名曲は生まれなかった。
『真夏の果実』のイントロや「涙が溢れる悲しい季節は」という歌詞は慣れない監督業から孤立し、文字通り"悲しい気持ち"の中で生まれた。
他にも『Ole!』やビーチボーイズ風の『忘れられたBig Wave』など他にも名曲は多数。サウンドトラックとなったアルバムもミリオンセラーになるほど大ヒット。映画は観ずともアルバムは聴いてみてほしい。

◯歌シーン
アイデアもあって結構いいと思っている。前半の『Ole!』は酒場を舞台に音との連動やウエスタンな酒場モチーフなど、良くできてるのではないか。KUWATA BANDのメンバーがライブシーンの監修をし、ミュージカルさながら。
流れる楽曲とリンクするシーン。よく"長編ミュージックビデオ"と形容する人もいるが、間違ってはいない。
だけど1点、『希望の轍』のシーンはシーサイドラインなど開けた場面の方が良かったのでは、、と思ってしまう。のちに名曲となったからかもしれない。

△撮影
何も映画の勉強をしていない素人が監督した(侮辱ではなく、事実に基づく最大限の尊敬を兼ねて)にしては、結構練られて凝られていると思う。
小物越し、クレーン、美しい一枚絵。アーティスティックなセンスは流石。人物系で急に寄ったり無駄な動きはあるが、1枚1枚で美しいものも多い。

◯美術
『当たり前だが、監督は全てを決めなければ始まらなかった』と本人からあるように、細かいアイテムに桑田佳祐のルーツが隠されている。
冒頭のビートルズのLPはもちろん、若大将のポスター、のちにカバーもするナット・キング・コールのLP、『いとしのエリー』をカバーしたレイ・チャールズへの言及とポスター。また店内BGMでは『可愛いミーナ』のもととなった『砂に消えた涙』が流れたりする。まさに桑田佳祐のルーツで作られている。
元来、桑田佳祐は自分のルーツや見聞きしたものから作品を作ってきた人(数々の名曲は多くが元となった洋楽の曲が存在する)なので、あくまで通常運転であり、これこそベストなのかもしれない。

×脚本・編集
今作を酷評する人につっかかっているのは主にこれらだと思う。
ビートたけしが言ったように『無駄なセリフが音楽を殺している』。その通りである。
桑田さんの父は茅ヶ崎で映画館を経営しており、本人もミニシアター系の作品含めてよく観ていた。なのでどちらかと言えば音楽と融合したアーティスティックな作品を目指したのではないか。
だが、今作は細かい展開が多すぎる。セリフも多ければ急に場面が変わるのでストーリーが掴めない。鑑賞後に読んだブックレットでようやく大きなストーリーが掴めたくらいだ。
無駄なセリフをなくし、場面を繋ぐインサートしかりセリフがあればもっと観やすくなるはず。このあたりを初監督である桑田さんをサポートしきれなかったものか…悔やまれる。

△役者
すべて悪いわけではないのでは。オーディションで選ばれたメンバーのため、ぶっきらぼうなところはあるが、それもまた青い風が上手く吹いていると思う。
意外だったのは桑田作品の英歌詞などの監修で80〜90sでよく登場するトミースナイダー演じる米軍兵がいい演技をしている。ベトナム戦争へと向かう前にサーフボードを売り別れを告げる哀愁。シーンはわずかだが悪くない。

★まとめ
このレビューを読んだあなたが、『君、今から映画つくってみて!』と会社の社長から言われたらどうだろうか?
当時の桑田さんも、大里会長からの一言で始まったのではないだろうか。

もちろん天才というのはいて、先述の北野武はその1人だとは思う。
だが長年ファンをしてきて感じるのは、桑田さんはあくまで"生まれながらの天才ではない"ということだ。
音楽にしても、大学在学中にデビューし、音楽理論的な勉強をしていたわけではない。その成長は八木正夫や藤井丈司、小林武史などのアレンジャー・音楽家に支えられて、引っ張られてきたのである。そうして桑田さんの血となり肉となり、以降の成熟したソングライティングに繋がっているのである。

それに驕ることなく、特に2000年以降の桑田さんは"感謝"を常日頃から口にしている。
彼ら含め、スタッフや様々な人の助けがあったから今の自分たちがあると。
そして今作に対するコメントも、公開当初はビートたけしのコメントにも憤慨していたようだが、次第に今作自体が後ろめたいものになっていき、そしてDVD化された2021年に再度鑑賞した折には『これはこれで良かった』と達観した評価に変わっている。

桑田佳祐は自身の作品に対する傾向で、
①自信を持って送り出す→②数年後に後悔に変わる→③時代を経て再評価する
となることが多いが、今作も漏れずその中に無事に入って、安心すら覚える。ここ数年は今作への言及が増えて嬉しいばかりだ。

今作で出会ったミュージシャンはのちにソロ活動やサザン本体とも関わっていくし、映画関係者とは現在も交流があるとラジオで話している。桑田佳祐史に間違いなく大きな足跡を残したわけである。

とかくサザンオールスターズ・桑田佳祐の歴史は、非常に成長史的に繋がっていることが多い。今作があったことで生まれた名曲が数えきれないほど存在する。
そういった意味で、少し可愛がるような気持ちで鑑賞するのがファンの正しい見方なのかもしれない。
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