検非違使

愛の果てへの旅の検非違使のレビュー・感想・評価

愛の果てへの旅(2004年製作の映画)
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「死ぬまでに観たい映画1001本」950+213本目

やむなくニコニコ動画で鑑賞する。


キャリーケースを持ったスーツ姿の中年男性がムービングウォークに乗って近づいてくる。歩く歩幅も、スピードも判で捺したように決まりきった動き以外、ごく普通のビジネスマンのようにみえるこの男。

スイスのとあるホテルで8年間も暮すこの男ジローラモ。
清掃係にも、ホテルのラウンジに勤める女性ソフィアの挨拶にも応じることなく、人と関わりを持とうとしないこの寡黙な男は何者なのか。男の正体が見えないまま、寡黙なまでのこの男の行動が、映像で断片的にかつ淡々と語られていく。

男は、例えば表面張力ギリギリで保たれたコップの中の水に喩えられるだろうか。微かな衝撃でもあふれ出る水を、ストイックなまでに維持し続けている。
冒頭の映像からすでにして、こんなサスペンス感覚が観るものにじわじわと押し寄せてくるような…。

男は実は会計士で、マフィアの投資事業に失敗し、ホテルに幽閉されている身だった。
そんな寡黙で謎のような存在の男に興味を持ったホテルのラウンジに勤めるソフィアによって、コップそのものに亀裂が入り…次第にコップの水がさざ波、揺れだすように…奪われた時間を奪い返すために、男が人生の終焉にだした決断とは………。


スカイウォークにのって、キャリーバックをもった男が近づいてくる。この間、1カットのロングショット。自分たちとは遠いところの話が、だんだん観ている私たち観客の中に近づいてきて、入りこんでくる。
この映画は途中までほとんど話が進行しない、ように見える。実はそう見えるだけで、観終わってから気がつくが、どのシーンも実はラストに明らかにされる結末へむけて巧妙に仕掛けが張り巡らされている。ラストに一気に動くストーリーの導入が3/4を占めるというべきか。

ちょっと退屈してしまいそうな展開をつなぐのが、登場人物たちの謎めいた行動であり、その描き方である。

極端にセリフを省くことによって、謎が謎を呼ぶ。ホテル住まいをしている一人の男の様子を追いかけていく過程で、その家族、バーで働く若い娘や、ポーカーを楽しむ老夫婦、お金を預けに行く銀行の行員が登場する。彼らがモザイクのかけらだとすると、ばらばらのかけらが、最後に組み立てられてひとつの画が完成する。

そして、出来上がった画は、静止画ではなく、命が吹き込まれて動き出す。そして最後の最後にはまたばらばらのかけらになって散らかってしまう。そんな順序で物語は進む。

ワケわかんないでしょうが、観ればわかります。

サスペンスでありながら、中年男の悲哀も浮かび上がらせる人間ドラマの側面もあり、乾いたユーモアもちりばめられている。そして全編スタイリッシュな映像で貫く感性も抜群。
ひとことでジャンル分けできない映画なのだ。

この映画はアートだろうか?違う。計算しつくした物語展開で、ラストに観客を驚かすプロットが見事で、今までのイタリア映画では観たことがないような気がする。子供のころからアメリカ映画を見て育った世代。娯楽と芸術の両立を当たり前のように見てきたアメリカンカルチャー世代の香りがするのだ。
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