蛸

恐怖分子の蛸のレビュー・感想・評価

恐怖分子(1986年製作の映画)
4.5
映画を通して劇伴は存在せず、セリフはとても少ない。映像や編集のタイミングによって生じる独特のリズムが心地よく、説明的ではない演出によって淡々と物語が進行していく。「静謐」という言葉が、これほど似合う映画も珍しい(実際に静的なモチーフを繋げていくような演出が多用される)。

「それぞれに問題を抱えた人物たちの織りなす群像劇」とでも表現すれば良いのだろうか。歯車が噛み合わず生じた不穏な雰囲気が、やがて静かに現実化していく展開が恐ろしい。
しかし、陰惨な結末を目にした後でもこの映画にどこか爽やかな印象を持ってしまうのは、偏に映像の瑞々しさのおかげだろう。
さりげなく日常の断片を切り取ったような、(美意識は感じさせるが作為は感じさせない)淡い映像が美しい。油絵に対する水彩画のような、意味の重さから解放されたような映像がとても心地よい。

一番印象的だったのは、暗室の壁に貼った、大きな少女の顔写真(複数の写真で構成されている)が、窓からの光と風によってたなびく場面。少女に去られた少年の心情に反応しているかのようなその演出がとても美しかった。

ほとんど幻想的な美しさと、残酷さみたいなものが同居しているという意味で稀有な映画。本当に素晴らしいショットがたくさんあって目が離せない。
蛸