トニー

サウダーヂのトニーのレビュー・感想・評価

サウダーヂ(2011年製作の映画)
4.4
ずっと見たかった作品。
土方×移民×ヒップホップという要素を取り入れ廃れた甲府の町を舞台に描かれる群像劇。と聞き、あぁーそういう話なのねと高を括っていたが、見てみたら想定していたものとは大きく異なる別次元の傑作だった。
正直なところ何が凄かったのか、何が面白かったのかは自分でも上手く消化しきれていない。しかし何かとんでもないものを見た気がする。
題名でもある「サウダーヂ」。定義付けて言うならば「郷愁」。故郷を懐かしく想う気持ちだ。もちろんタイから出稼ぎに来ているホステスのミャオやブラジル移民に代表されるように、端的に題名の意を表している部分もある。しかし自分なりにこの「サウダーヂ」の意を要約するならば「かぶれる」ということだと思った。みんな何かにかぶれている。土方の精司にとってはそれがタイという理想郷であり、妻恵子にとってはそれがセレブな上昇志向に取って代わる。まひるの語る高尚げなラブアンドピースもそうだし、猛(田我流)の吐き散らすhiphopもそうだ。彼らがこういった自分に根のない理想を語り出すとつい笑ってしまうが、と同時に痛く切ない。これは劇中の人物に限ったことではなく自分にも突き付けられる問題だからだ。あるあるが多くて死にそうになった。
またこれらキャラクター達が一切噛み合わない点も重要だ。皆それぞれ違う方向を向いて言いたいことだけを言っている。納豆パクチー問答でその結果が如実に表れてしまうところも悲しい。その他にも、ブライダルコンサルタントのおっさんが運転中に語るキザなセリフに対し実務的な返答を繰り返す部下の女性。まひるのピースサインに絶妙な顔で返す同僚。うんちく垂れる土方の年長とスルーする仲間達。カラスの話をするおばあちゃんと退屈そうな若者。などなどディテールも面白い。みんな本当に噛み合っていない。断片的にシーンが連続し"お話"として上手くシンクロしていかないこの語り口こそが問題の本質を捉えているようにも感じた。透けて見える社会背景。明快なカタルシスも無ければ分かりやすい答えも用意されていない。
ここまで書くとすげーダウナーな話だなと思うなもしれないが決してそんなことはない。実際笑いの分量のほうが多いくらいだし、何より断片の一つ一つが圧倒的に面白い。ゼアウィルビーブラッドばりの穴掘りシーンなど単純にイカした画があるということもあり167分という長丁場もすんなりと見れてしまう。
言葉にするのは難しいがやはり本作では何かが炸裂しているように思う。こういう瞬間があるからこそ映画はやめられないとも思う。一映画かぶれとして、"かぶれる=サウダーヂ"ということを可笑しく、皮肉に、そして温かく描いた本作に僭越ながら賛辞を贈りたい。
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