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黒い画集 あるサラリーマンの証言のotomisanのレビュー・感想・評価

4.0
 900万も人がいるのに誰も「俺」に見覚えがない。
 だから、秘め事を続けるには好都合なんだが、殺人事件の不在証明となるとどうも不都合だ。やっと思いだした新大久保でのご近所さん小林氏は生憎の秘め事中で証明拒否、人情も地に墜ちた。墜ちた勢いで小林氏が如何にして人非人となり、更にそのしっぺ返しを食らうか。

 すると900万も人がいる大東京で今度は小林氏と死体とただ二人。人非人同士のこんな組み合わせもなかなかないだろう。しかしそうなるには証明拒否以来の伏線がきっちりあって、大都会の無縁社会も色恋沙汰の秘め事に博打で不義理の清算と、欲の柵に引っかかりゃあ至って事は近くなる。そんな近さのおかげで、氏と死体は殺し殺され容疑の関係となり、不在証明するもされるも両方向で困難な大都会の怖さが氏に迫る。

 幸運な犯人逮捕のおかげで殺人冤罪2件を免れて清張らしさはどこへ向かうのだろう?
 小林氏の活躍ゼロのまま終わる話の先にはご近所氏への非道義と裁判での偽証の罪が、家族においては崩壊の危機が、社会人としては懲戒と解雇と世間の蔑視が待っている。
 秘め事に息抜きを覚えた昨日と違って、唯一戻れる先には果たして家族が、最後の晩、久しぶりに笑いが溢れたそこにまだ残っているだろうか?新しい獲物を見つけてマスコミは立ち去ってくれてるだろうか?
 なぜこんなことになったのか、いいわけの筋道が立たないまま明け方の警視庁を追い出されて、ラッシュ前に自宅へたどり着けるだろうか?

 映画の教えるところ、「あるサラリーマンの証言」について小林氏の行動の逐一を記憶する事には意味がない。それ以上にアリバイ社会構築のためのインフラ整備が無用の取り調べを廃止するうえでも望ましいだろう。
 監視カメラの普及にそののち半世紀、今やその実効性は誰も疑うまい。しかし、まだ安保闘争前夜、「1984」訳出から10年目、おそらく多くはそんな監視社会の到来を希望せず、それを言い出せば闘争のスローガンがもう一つ増えるだけの事だったろう。

 そういえば、450万も男がいるのに千恵子は何で芋のような中年小林氏を選ぶのか?
 ありていに言えば、身元と人物がしっかりして、利殖にも励んで金銭にゆとりがあり逃げ隠れの余地なし。貧乏で不良な学生や若い社員のように食いものにされおもちゃにされるだの食い逃げで終わるリスクも極小。なにより日々目の前にいるし、不倫なんてスリルだし、堅実過ぎて物足りないけど盛りのついたオオカミ君ならパートタイムで十分だし。外見は芋でも中身はおいしい課長さんであって、若い女の一人暮らしには打ってつけ?の相方である。
 どことなくサバサバした都会風な関係を想像させながら、相変わらず奥方は怖いし、余所と下手に関わってはお互いいのち取り、命取りのはずなんだがのぉ。
 それが人非人の片棒の挙句恐喝されるなんて、火遊びの別の怖さを知って裂かれる二人のお別れ電話。語る言葉の手切れ金授受の手筈、渡す相手が第三の男というのも珍しくもないが。

 社内電話で語る氏が、受ける千恵子を見張ってる。別れる相手の最後の表情を逃すまいとする氏にどんな感情が宿っているだろう。取り乱さない事に安堵するのか、短い逢瀬の思い出を疑うのか、互いに言葉を選び表情を崩さず、中々ないシーンだった。
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