つのつの

恋人たちの曲/悲愴のつのつののレビュー・感想・評価

恋人たちの曲/悲愴(1970年製作の映画)
4.1
【飯、酒、性、そして音楽!】
初ケンラッセルなので、作家性とかを偉そうに語れないのですがとにかく「スゲエ………」の一言!

飯と酒とセックス、そして音楽が人間の内なる野蛮を解放することを徹底的に描く作品。
それが凄まじい技法で端的に示されるのが序盤の演奏会。
髪を振り乱し汗ダクダクでピアノの鍵盤をぶっ叩くチャイコフスキーはもちろん聞いていて興奮した観客たちすらも次々と自らの妄想にトリップしていく場面に、人間誰しもが持つ本能が音楽によって自由に暴れまわる様が濃縮されている。
そんなチャイコフスキーは、周囲からの無理な説得により同性愛者である本来の自分を抑えて結婚させられるが、そんなことはうまくいくはずはないのだ。
そして彼以上に欲求不満が溜まる妻が最後にたどる結末は哀れとしか言いようがない。

この夫婦はどちらとも自分の「欲望」に振り回されて破滅に向かう。
我々凡人たちは、生きていく間に欲望と折り合いをつけることを学ぶから狂気に陥ることなんてなかなかない。
それに比べると自分をコントロールできない主人公夫婦はどちらも生きることにとても不器用な人間に思えてくる。
自分の好きな人には全裸で迫り、
相手に苛立ちが募ればすぐに怒鳴り散らす。
そして遂に堪え切れなくなって家中の家具を破壊。
それでも真に欲求は満たされないから狂った白昼夢を見た挙句に、かたや自殺同然の死を遂げかたや精神病院送りになる(この場面の倫理的にどうかと思うほどの恐怖演出はトラウマでした)。
そしてそこまでしてようやく、互いに相手は自分を唯一理解してくれる人間だったと気づくのだ。

けれども本作はそんな二人を否定してはいない。
だってそれほどの苦悩と狂気の淵に立ってまで作り上げたチャイコフスキーの音楽達は現在でも色褪せることなく素晴らしいからだ。
我々凡人のように上手く折り合いをつけて欲望を飼いならすことなく、破天荒に荒れ狂いながら生きた人間たちの創作物には天才的な輝きが備わるのだ。

そう考えるとパワフルかつエネルギッシュに従来の映画文法から大きく逸脱した演出で埋めつくされた本作は、欲望に振り回されてしか生きることができなかったチャイコフスキー夫婦への美しくも壮絶なレクイエムだと言えるだろう。
つのつの

つのつの