歌うしらみがおりました

悲愁物語の歌うしらみがおりましたのレビュー・感想・評価

悲愁物語(1977年製作の映画)
5.0
主題歌に挟まれる会話の独特なリズム感に、「ああ、こういう感じでいくのね」と理解すると、画面に対して線対称に置かれたソファから同時に起き上がり、岡田真澄が原田芳雄に「君、ゴルフできる?」と聞き、売り出しの作戦会議でクロースアップをポンポンと繋いでいく。冒頭から自由すぎる編集に呆気にとられるも、こんなの序の口。映画はこちらの想像の遥か上空へとエスカレーションしていく。
妬ましい人間の名声を証を壊すみたいな描写はよくあれど、今回は丁寧に角切りにする。
ショッカーのアジトみたいな事務所とモダンアートみたいな自宅。
映画が本格的に動き出すのはゴルフの練習中、白木葉子が疲労からオヨヨと崩れ落ちるとライトが落ちるところ。いきなり練習場が抽象的な空間となり、何かが起きるぞと思うと、その直後に原田芳雄が運転する車に江波杏子が轢かれる。すると再び先程の練習場のような空間が用意され、数十分前に原田芳雄が白木葉子にキスをしたときのような編集で江波杏子が外連味たっぷりに倒れ込む。ヤバい。ヤバすぎる。しかし、それでもまだ終わらず、原田芳雄は車を崖まで飛ばし、無理矢理降りようとする白木葉子を椅子に押し付ける。この時原田芳雄は真っ赤なシャツを、白木葉子は真っ青なワンピースを着ている。スカートがするりと落ちて白いタイツを履いた太ももが顕になるエロさ。そして家に戻ると、怪我を追った妖怪のような江波杏子に脅迫される恐怖。普通ならこれは白木葉子の夢とか心象風景で済ませるところだけど、本作ではそんな逃げ道は作らない。ここに鈴木清順の誠実さというか、映画というメディアに対する考えかたみたいなものが出ているように感じる。映画は、画面に映ったもの全てが事実としてそこにある的な。だからシスコンが理由で別れることになってしまう弟の白飛びしたような淡い画面での濃い模様も突然世界線が変わったように見えるけども、全ての空間が等価に並べられる。それがカオスの一因になってもいるのではなかろうか。
雑誌の下書きに色が付けられていく描写が緑を軸とした色彩によるストーリーテリングを予感させたり、原田芳雄との会話中に白木葉子が画面手前に意識を向けるともう一人弟がいることが示されるカットはクライマックスの展開に繋がる不穏さだったり、情報を丁寧に積み上げていく繊細さも持っている。
非の打ち所のない映画を観た。