TB12

別離のTB12のレビュー・感想・評価

別離(2011年製作の映画)
4.0
イスラム教、介護問題、離婚問題、経済格差、社会情勢、あらゆるイランの問題や文化がこの一本に凝縮されてると言っても過言ではない映画だと思う。

作りは凄く地味なのに秀逸な脚本やイスラム文化にずっと釘付けだった。

どんだけリアルに作っても所詮は映画な訳でこれも作り物な訳だがそれでも勉強になる事が多く普段あまり目にする機会のない国ってのもあって尚更興味深く見る事が出来た。

見終わってこの映画の背景を調べると当時のアフマディネジャド政権下の影響が色濃く出ているとの解説を読んだ。

2005年に発足したマフマディネジャド政権は保守強行路線を維持しつつ核開発を再開した事で欧米諸国に経済制裁を喰らいイラン経済は圧迫され失業者が溢れて苦しかった時代(てか今も?)

2009年にはイラン革命以来の反政府デモ(緑の運動)が起こり犠牲者や逮捕者も多く出たそう。

そんな政権下の中この映画は製作され公開された訳だ。

家政婦の夫は仕事をクビになり俺には失うものは何もないと裁判官に詰め寄る。
それほどまでに切羽詰まった状況なのもこのような背景を映し出した風刺なのだろう。

この映画は主人公夫婦の離婚裁判から始まるのだがそれもこれらのイラン政治が大きく影響しているのだと思う。

経済が苦しい中アルツハイマーの義父まで抱える奥さんは娘の将来を考えて外国に行こうとする。

そんな父を残し国を出れるかと憤慨する旦那。

政治によって引き起こされる社会への怒りがこの映画の根底なのではなかろうか。

でもそれらを全面に出すとイラン政府から検閲を喰らうから敢えてサスペンス?ミステリー?風な映画にしたのだろうと解釈すると凄く巧妙な脚本で感心せざるを得ない。

途中ガソリンスタンドで主人公が敢えて娘にお釣りを貰わせにいかせるシーンがある。

イスラム社会では少女が一人で給油するのは批判的な目で見られる事が多いのだとか。

それでも敢えて娘にお釣りを貰ってこいと言ったのはこの国で一人の女性として逞しく生きていく為の社会勉強をさせていたんだろうなと。

アルツハイマーである主人公の父が外出する際に必ずネクタイをしている事も風刺なのではないかと解説を読んでここでもまた驚く。

なんでもイスラム社会ではワイシャツにネクタイは反イスラム的だとか欧米的だとかで批判を浴びる事もあるそうでその中で敢えてそういう格好をさせたのもハタミ政権時代(1997-2005年:女性の権利拡大や社会進出など"改革と自由"を推進した)にネクタイを締めて現役生活を送っていて主人公である息子ナデルにこの国で生きることの誇りを教え続けてくれた父親だったのではと読んで感動した。

解説を読んで補完してる部分がかなりあるけど映画を見て何かを調べるきっかけになるって大事な事だと思うんだよね。

イランに関心のなかった俺ですら色々と調べたくなってしまったんだもの。
いかにこの作品が素晴らしいかって事よ。

監督自身が自分の作品がイランの観客から受け入れ難いとか現実離れしているとかって意見はもらったことがないと言ってるぐらいだから相当にリアルなイランの文化を反映させて作っているんだと思う。

途中のお金が無くなったのくだりも奥さんがただ単に家具を運び出す業者と階段で鉢合わせになった時に支払うって言ってたお金なんだけどもはやそんな些細なこと最後まで気にならないぐらい見入ってしまった。

離婚問題や流産問題を見ていても結局一番の被害者はいつだって子供達でこの子達も将来はこの大人達のように怒りを抱えて生きていく事になってしまうんだろうなと考えると心苦しくなる。

最初に書いたようにあらゆるイランの問題を取り入れながらもそれらを説教臭くせず巧みに描き劇的な演出や展開にも頼らない脚本一本勝負の文句無しの傑作だ。

「ある過去の行方」にはハマらなかったが世界中で評価されてる監督なだけあってやっぱり凄いわこの人。
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