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キャスト・アウェイのnetfilmsのレビュー・感想・評価

キャスト・アウェイ(2000年製作の映画)
4.1
 テネシー州メンフィスの田舎町、見渡す限り何もなく、誰もいない舗装されていない道路の上をFedExの電気トラックが貨物を乗せて走る。届け先は鋳鉄工場「ディック&ベッティーナ」、ロシアから届いた荷物をピーターソン夫人(ラリ・ホワイト)に届けた男はその足で今度はロシア行きの荷物を受け取る。FedExのロゴ・マークの上に書かれた対になったピンク色の羽、彼女は対になった白い羽の鋳鉄の最終工程に入っていた。トラックで運ばれた荷物は一路ロシアのモスクワへ。ロシア人の配達員のルーズな扱いにヒヤリとしながらも、無事に高速でピーターソン夫人の夫ディックの元へ届くが、あろうことか彼はロシアン美女と浮気をしていた。次の配達先に届けられた荷物を防寒着を着込んだニコラス少年が駆け足で運ぶ。赤の広場の前に立っていた警備員をヒラリと交わし、やがて大きなプレハブ工場の重いドアを開けると、上司の怒号が響き渡る。婚約者を持つ運送会社FedExの管理職チャック・ノーランド(トム・ハンクス)は時間の大切さを従業員に切々と説く。時間は有限で誰をも待ってはくれない。君たちはこれから3時間4分以内に荷物を全て届けねばならないと。彼がニコラス少年に届けさせたのは、チャック自身が自分宛に送ったタイマー時計だった。時間にルーズなロシア人を叱咤激励し、一人鼓舞する男は赤の広場の前で婚約者ケリー・フレアーズ(ヘレン・ハント)へ電話をかける。

 skypeもFaceTimeもない時代、国際電話ははるかに割高だったはずだが、チャック・ノーランドは婚約者ケリーへの1分1秒を惜しまない。大学助手のケリーはかつて弁護士の夫と離婚したバツイチで、時々仲間の前でバツイチの話をチクリと言ってはケリーを不機嫌にさせている。ロシアからフランスを経由して一路メンフィスへ。長旅の疲れを一切見せないチャック・ノーランドの仕事はFedEx Expressのエリート・サラリーマンであり、世界220の国と地域に輸送網を持つFedEx社の稼ぎ頭として、世界中を出張する慌ただしい日々を送る。大晦日だけは一緒に過ごしたい若いカップルは南米出張を早める。空港での別れの時、ケリーはチャックに写真入りの祖父の形見の懐中時計をプレゼントする。そのお返しにチャックから手渡されたのは、マトリョーシカとタオル、そしてリボンできっちりと結ばれた婚約指輪だった。「すぐ戻るよ」という言葉を残し、FedEx88便に吸い込まれるように消えて行ったチャックの背中を見つめる彼女の眼差しは幸せの絶頂にあった。しかし人も羨むような2人の仲を悲劇がいとも簡単に切り裂いて行く。今作はいわゆる『ロビンソン・クルーソー』ものの物語の王道を誇る。郵便局を蔑み、「時は金なり」の格言通りに1分1秒を惜しまない生活を日々続けていた男は皮肉にも、ここが何処で今日が何月何日なのかわからない無人島へ放り出される。映画はここまでを数ヶ月間で撮影した後、実に1年間もの休止を余儀なくされる。その間、主演俳優であるトム・ハンクスは22kgものダイエットに成功した。

 FedEx Expressのエリート・サラリーマンもたった一人で無人島に投げ出されれば役職など関係ない。そこで生き残れるか否かはひとえにチャックの人間力にかかっているのだが、ここでの「サヴァイヴ術」が実に丁寧で素晴らしい。砂に書いた「HELP」の文字は残酷にも潮に流され、船にSOSを知らせようと海に出た彼の行方を大波が阻むのだが、チャックはもう一度ケリーに逢いたいという一心だけで何日も生き残る。たった一人、話し相手となるバレーボール製の手のひらで書いた「ウィルソン」を残して・・・。文明のない島で実に4年もの歳月を相棒ウィルソンと生きたチャックはやがてアメリカ合衆国の英雄として迎えられるが、皮肉にも彼には帰るべき家などない。『フォレスト・ガンプ』において傷ついたジェニーに対し、「君のいるべき場所はここではない、グリーンボウなんだ」と何度も安息の地への帰還を懇願したフォレスト・ガンプだったが、今作におけるチャックは残酷な4年の歳月に抗えずに、帰るべき場所を失ってしまう。かつての婚約者ケリーを窓ガラスから呆然と眺めるチャックの描写、大雨の夜、深夜に突然ケリーの元へ押しかけたチャックの描写は何度観ても涙腺が緩む名場面である。ここでもゼメキスはかつてのアメリカが有していて、今は無くなったものを鮮やかに炙り出す。『フォレスト・ガンプ』で左手の甲に乗った白い羽を大事そうに本の中に締まったように、自暴自棄になった男はコンプライアンス違反である荷物の開封という暴挙に打って出るが、白い天使の羽が生えた荷物だけは開けるのを躊躇する。白い天使の行く末に舵を取るクライマックスのチャックのカメラ目線を含め、現代を正確に予測したロバート・ゼメキスの手腕にあらためて身震いするような感覚を覚えた。
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