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違国日記(2023年製作の映画)
4.3
 15歳の朝(早瀬憩)は駐車場に停めてある車に早く乗り込もうと、右手に二段のアイスクリームを持った手で足取りも軽やかに急ぐのだが、突然悲劇は起こる。原作は未読だから最初はどちらが被害者であるかは判別が付かない。しかしながらその様子は朝を取り巻く背景が黒に反転することで表現される。悲劇を悲劇として前傾化しない瀬田なつきの判断が良い。ある日突然、身寄りもいなくなった朝が絶望の淵で親戚連中のヒソヒソ話を聞いている時の朝もまた、黒点の中に置かれるのだが、そのノイズを振り切ろうと、斜め前に座っていた槇生(新垣結衣)は「あなたを決して踏みにじらない」と声をかける。この時点で私の涙腺は崩壊し、隣のカップルの女性の方が明らかにドンびいており。ホントにすみませんでしたと言いたかったのだが、野暮だから言わなかった。降って湧いたような15歳と35歳のぎこちない共同生活。槇生は実は死んだ姉のことが死ぬほど大嫌いで、あなたを好きになれるかどうかはわからないと最初に釘を刺すのだが、その消極的な姿勢に最初は「ウザ」しか言葉が出て来ない。

 然し乍らこの奇妙な共同生活は、互いが埋められないピースを埋めるように真に相性が良い。正に大人びた子供(15歳の朝)と子供じみた大人(35歳の槇生)との対比の妙と言えよう。心なしか、槇生は本当は故人となった姉とこんな姉妹像を描いているのではと思うほど、改めて人生を生き直すことで最愛の姉への罪滅ぼしをしているような気もする。妹の発達障害に伴うコミュニケーション不全を詰る様な姉もまた、自分のお腹を痛めて産んだ子供がまさか妹の槇生の血を継いでいるとは思いもしない。父母ではなく、兄弟姉妹に似るというのは非常によくある事象のようで枚挙に遑がない。だが人と人とは他人同士だから絶対に分かり合えないし、他人同士だからそこに絶対に軋轢も生まれる。映画はそこを丁寧に描写する。スカイラークでご飯を食べた後の銀粉蝶の涙。槇生が実家の門を叩けず、逡巡する時の銀粉蝶の「おかえり」の言葉。笠町さん(瀬戸康史)も同様だが、奇妙な女性同士の連帯から生まれたさりげない言葉の数々は、自分らしさの呪縛に囚われてしまう現代人にとっては自己肯定感を回復するクスリにもなり得る。

 ワンシーンのみの登場に終わる瀬田組常連の染谷将太の握手にも感銘を受けたし、何よりも瀬田なつき監督の変わりゆく都会の風景の切り取り方に今回も並外れた作家性を見る。新人・早瀬憩の鮮烈な映画デビューに歩幅を合わせる様に、軽音楽部の演奏を後半にセットした瀬田演出は尻上がりに神がかっており、四宮秀俊によるカメラの彩度とルックも非常にあしらいが良い。
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