面白かった。
恐ろしい人間は決して来ない、モンスターが安心安全に過ごせる場所、モンスターホテル。
そこは、ある吸血鬼が一人娘を守りたくて作った、モンスターたちのパラダイス。
原題の「 Transylvania 」は、古い言葉「森の向こうの土地(terra ultra silvam)」が元であると考えられている。森の向こうにあるホテル。
「 Monster 」という言葉がたくさん出てくる。
この言葉は遡ると、「みんなと見た目が違う者」という意味に辿り着く。例えば、身体に障害を持つ人のことも、この言葉が担っていた。
そうして、見た目が自分たちと違うことで抱く「恐怖」、恐怖がじわじわと忍び寄る、その「不吉な前兆」、と意味を広げて、「恐れを抱くべき存在」まで繋がってきた。
恐れを抱くべき存在は、忘れないほうがいい存在でもある。被害をなくす為に、記憶なり記録なり口伝なりして、注意を広く、永く残すべき存在。
そんなわけで、この言葉は「人に思い出させるもの」「再び考えさせるもの」という、別の言葉から派生したものでもある。
作中、モンスターたちは人間のことを「恐ろしい存在」として、ずっと語り継いできていた様子が窺える。再び惨劇を繰り返さない為の策を入念に講じていた。
モンスターだらけの空間で、人間の若人は確かに「みんなと見た目が違う者」だったね。
恐れ、記憶し、2度と悲劇を繰り返さぬよう過ごす者が、1人の若人との交流を経て、改めて「恐怖」のことを考え直してみたり、遠い日々を思い出したりもする。
100歳を十分に過ぎてやっと「もう子どもじゃない」「いや、まだまだ心配」という感覚になる者たちから見たら、10代とか20代の人間は、よちよち歩く幼い子どもみたいなものかもしれない。
なんで?どうして?そんな風に、好奇心と目一杯踊って、楽しいことを次々と考え付いて、その者のノリと勢いに周りもわあわあ巻き込まれていく。
振り回される父親さんが、まるで本当の父親さんみたい。娘さんがいるから、本当の父親さんだけれども。それはそうだけれども。
最初は「こら、やめなさい。じっとしてなさい」と顰めっ面をするんだけれど、振り回されるうちに、自分も楽しくなっちゃう。どうだ、やるねえ、えい、これはどうかな、わああすげー、わっはっはっ。
賑やかで、家中しっちゃかめっちゃかになっちゃって、手が焼けるんだけれど、面白い時間を過ごしていく。
でも忘れちゃいけない、そこは「人間がいないことが売り」のホテル。バレないように気を付けて。
モンスターたちは、いつも同じように過ごすことを保っている。
変化がないようにすることは、変化が起きた時にすぐ警戒できる利点がある。いつもと違うぞ、何事だ。
いつも同じということは、問題がないということ。そうやって、お互いに「変わらないこと」を保っていたように見える。
いつも大量の砂を運んでくる者。いつもの冗談。娘さんのお誕生日会を、いつものように、いつもの場所で。
だからこそ、人間が紛れ込むその様子は、ちょっと緊張したりもする。バレたらどんな大混乱になっちまうやら。
でも気付くと、わしまで吸血鬼と人間の側で一緒に走り回ってる気持ちになってくる。
たくさんのモンスターたちが、次々にくるくると動いて話して、歌も歌う。
親子の姿も、友だちの姿も、ちょっと気になってる同士の姿も、みんな親しみが持てる。
最後の歌は、兎に角楽しい。
姿形が違う者同士、目を見て穏やかに笑い合える景色が嬉しい。
全員がモンスターを受け入れてくれるわけではないけれど、関わり合っていける者もいる。きっと、娘さんは大丈夫。
みんなの見目だけじゃなくて、彼らが紡ぐ一瞬の数々も、いつもと違っていった。
クレジット画面で見せてくれる1枚絵の数々も好き。
こういう景色の中で、今日も静かに過ごしている誰かがいるのかなあ、なんて思ったり。単純に「きれーだなー」と眺めたり。楽しい。
続編もあるようなので、見てみようかな。