カタパルトスープレックス

晩菊のカタパルトスープレックスのレビュー・感想・評価

晩菊(1954年製作の映画)
3.9
成瀬巳喜男のテーマが詰まった映画。

「女性の幸せ」「女性の自立」「お金」と成瀬巳喜男のテーマがぎっしり詰まっています。そして、登場人物も「だらしない男」「芸者」「アプレの女」と全部入りです。舞台は戦後十年経った東京。十年で東京は街として復活しましたが、人に残した傷跡はまだ癒えていません。

主役は芸者をしていた女性たち四人。

まずは金貸しをやっている「きん」(杉村春子)。いきなり成瀬巳喜男監督作品らしく金勘定をしています。わかっている人はそれだけで大笑い。今回はいきなり直球で「お金」か!

次に出てくるのが結婚して夫と居酒屋をやっている「のぶ」(沢村貞子)は、杉村春子からお金は借りることがあってもそれなりに生活は安定している様子。

残りの二人は旅館(現在のラブホテル)で働いている「たまえ」(細川ちか子)と「とみ」(望月優子)です。二人にはそれぞれ子供がいて、生活が一番苦しそう。杉村春子からもお金を借りています。父親はいなくて、女手一つで子供を育て上げてきました。

杉村春子はお金はありますが、寂しい暮らしです。集まってくるのは昔の男も含めてお金が目当て。子供がいる二人も、子供はいますがお金がありません。子供も独立すれば親元を離れてしまいます。幸せって何だろう。成瀬巳喜男がテーマとするすべて入っている佳作です。

ただ、『晩菊』は非常に惜しい作品でもあります。いいところが全部入っているのと同時に、欠点も全部入ってしまっています。相変わらず成瀬巳喜男の絵画のような構成はとても美しいです。成瀬巳喜男はパリッと構成を決めた画面の中で俳優に控えめに演技をしてもらいます。ほとんど演出のための指導を俳優にはしないそうです。ただ控えめに演じてもらう。これは俳優への演技指導に時間をかけた小津安二郎との最大の違いです。

小津安二郎と異なり非常に生活臭が強い成瀬巳喜男作品ですが、この控えめな演出とパリッとした構成のために上品に仕上がっています。しかし、これが悪く働くこともあります。『晩菊』で杉村春子が心の声を演技ではなく声で語ってしまう場面があります。ここは声ではなく演技で見せてほしかった場面です。かなり大事な場面です。杉村春子の演技は悪くないのですが、成瀬巳喜男は何か足りないと思ってしまったのではないでしょうか。心の声という余計な付け足しをしてしまいました。

一般的には名作といわれる『晩菊』ですが、ボクはこの点がとても気になってしまいます。もちろん、すごくいい映画ですけどね。

しかし、ボクがこの映画で一番好きなのは有馬稲子です。ボクが昔の映画で一番きれいだと思うのは高峰秀子でも原節子でもなく、小津安二郎監督作品『東京暮色』の有馬稲子です。いや、めっちゃカワイイですよ!この『晩菊』でも「とみ」の娘役で出てくるのですが、やっぱりカワイイ!ちなみに今回は有馬稲子が「アプレの女」の役回りです。有馬稲子のためだけに『晩菊』観てもいいくらいです。