『サスペリア』等アルジェント作品に付き物の盲人だが、本作では主人公。実の親子ではない盲人の大人と子供の組み合わせは近作『ダークグラス』にも通じるものがある。ファーストシーンからして、少女が「目」の代わりをして謎を解いていく展開かと思えば、途中で親戚に預けられてしまうのでタッグ感はなかった。アルジェントが何度も繰り返してきた、決定的な瞬間の「目撃」者という題材を盲人に任せるという試みは、料理の仕方によっては興味深くなりそうだがそこまで掘り下げられず。
本作の犯人は、快楽殺人鬼ではなくあくまで目的合理的に人を殺していくので(いや口封じのために何人殺してるんだという話ではあるし、毎度毎度ジャストタイミングで被害者宅に忍び込めるのは少々馬鹿馬鹿しいのだが)、ナイフへの嗜好等がなく、地味なロープ類を凶器とした殺しが全然見せ場にならないのがアルジェント作品としては厳しい部分だろうか。そんなに悪くはないが、ひたすら地味で何とも言い難いクオリティだった。
映像的見せ場は最初と最後に凝縮されている。列車に向かって男が突き飛ばされる冒頭の殺しが良かった。博士に向かっていく主観ショットが度を超して対象に接近したと思えば、博士が突き飛ばされる。続いて、線路に向かって宙を飛ぶショット、記者が俊敏に反応して撮影するカット、列車に顔面が押しつけられるクローズアップ、頭が巻き込まれた体が激しく回転するえげつない画が切れ味鋭いカッティングで繋がり、惹きつけられる。
理容師が血迷ったら喉を切りますよなどと述べながら、少しづつカミソリの刃が首元へと迫ってくるシーンなど、全然意味はないのだが、床屋で客が置かれている状況は本来であれば恐ろしいという感覚が出ていて面白い。ビアンカ宅の楕円状の螺旋階段の仰角ショット。『歓びの毒牙』にも三角の螺旋階段が出てきたが、変な螺旋階段を見つけてくるのはイタリアホラーの使命なのだろうか。空間が主役みたいなところがあるからね。
毎秒何人がセックスしていると思う、平均値を下げるのはどうだろうかという奇妙な口説き文句に応じて、マジックテープ?をびりっとやると即座に裸になるアンナ。変すぎる。悪口を大量に列挙する謎の試合の勝者である元犯罪者のアゴ長男。彼の技術で所長の家に忍び込むと、所長とアンナの間の擬似近親相姦的な関係も浮かび上がる。本筋と何ら関係ない異常性の乱れ打ちもイタリアホラーの定番だ。
夜の墓に忍び込んで棺桶を開けるってシチュエーションはいいね。ビアンカの面が「まだ完全に死んでいない」という趣なのも分かっているな。ミステリーにホラーの空気が接合される瞬間。墓の中に閉じ込められたと思えば、再度扉が開き、先ほどまで味方だと思っていた盲人が目を見開き、何も言わずに血のついた仕込み杖を手に近付いてきて、居場所を探るように呼びかけてくるというシチュエーションも怖かった。いや気のせいなのだが。
本作でも、犯人からかかってくる電話が性別不詳の囁き声となっており、終盤のアンナに迫っていくシーンで、またも実は女が犯人でしたオチかと思ったがそれはミスリード。流石に『歓びの毒牙』と連続して同じことはやらないか。
天井から垂れ落ちる血液、とりあえず屋根の上に上がれば盛り上がる式のクライマックス。明暗がパキッと分かれたスタイリッシュな空間ではあるのだが、最後の最後に泥臭い揉み合いになってしまうのは何ともという感じ。犯人は刺されかけて慌てて色々説明するし。犯人の主観ショットの前に挿入されてきた赤い目の超クローズアップなども上手くイメージとして回収してほしいところだな。そういえばメモが何だったかも忘れられてるし。
とはいえ、ラストの一瞬は素晴らしかった。『サスペリア』のガラス割り落下と『サスペリアPART2』のエレベーター死の融合のような豪快かつ華麗なイメージ。ワイヤーを掴んで滑り落ちていく手が実に生理的に厭な痛さだ。しかしひたすら保身のために動いてきた犯人は何故最後に娘を殺したと嘘をついて主人公を激昂させたのだろうか。全く計り知れないが、まあそれがアルジェントか。周囲に思いとどまるよう呼びかけられながらも、殺人鬼の言葉によって「殺す側」へと導かれてしまうという意味では『セブン』と相通じるものがあり、奇妙な後味だった。