あや

オーケストラ!のあやのネタバレレビュー・内容・結末

オーケストラ!(2009年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

主人公のフィリポフは、かつてマエストロと呼ばれていたボリショイ管弦楽団の元・指揮者。今はアルコール中毒からなんとか復活した、冴えない劇場清掃員だ。
彼が手にした1枚のFAX。それは、パリの劇場から届いたボリショイへの出演依頼だった。
昔の仲間を集め、本物のボリショイに成り代わってパリで演奏する-
彼らを解雇した楽団へのリベンジと、フィリポフ個人の願いを果たすための挑戦が始まる。

昔の仲間たちは皆、生活のためにバラバラに暮らしていて、楽器に触れるどころか手元に持っていない者も多い。そんな彼らを一人一人訪ね説得し、楽器やパスポートを手配するフィリポフ。
ところが仲間の思惑もそれぞれで、なかなかまとまらない。
果たしてうまくいくのか?という所で、フィリポフ個人の因縁であり今回のソリストでもある、アンヌ・マリー・ジャケの存在が皆をまとめ上げる。
彼女はかつて楽団員だった、ユダヤ人ヴァイオリニスト・レアの娘だった。レアは反ユダヤ運動によりシベリアに送られ、ヴァイオリンをその手に持つことなく命を落としたのだ。
アンヌ・マリーはフィリポフの一助によってギレーヌに預けられ、彼女の保護の元一流ヴァイオリニストとなった。
「レアのために」というメッセージ、そしてアンヌ・マリーの素晴らしい演奏によって、団員たちの心と演奏はまとまり、演奏会は素晴らしい出来となる。
ニセ・ボリショイは称賛され、世界各地を回る人気オケとなった。

この映画の素晴らしい点。
◎題材はシリアスだが、重たく感じさせない。
 今も根深く残るユダヤ人排斥。政治的思惑によって職を追われる芸術家。貧困。そして、夢と挫折。
 それらを描きながらも、クスッと笑えるシーンや、賑やかな団員たちのガチャガチャ笑っぷりのおかげで、重苦しいだけの映画とは一線を画している。

◎フィリポフの奥さんが、「パスポートを手配できない」というガブリーロフを怒鳴りつけるシーン。
 アル中になった夫をずっと支えてきた彼女の積年の辛さ、そして、夫に立ち直ってほしい、もう一度自分を取り戻して前向きに生きてほしいという思い。これらは映像として・台詞としては描かれていないが、この一場面だけで見ている者の胸に伝わってくるのだ。シンプルにすごいシーンだ。

・団員たちと合流したアンヌ・マリー、胡散臭いオケ(なんせ、リハにメンバーが来ていない)に怪訝な顔をしている彼女が、チェリストやヴァイオリニストの音を聴いて驚くシーンも良い。
 音楽家は音楽家を見抜く。そして、素晴らしい音は素直に尊重する。これは最後のシーンにも繋がっていると思う。

・なんといっても最後の演奏シーン。チャイコフスキーに魅入られたヴァイオリニスト・レアの音と、その娘であるアンヌ・マリーの音。その音に導かれて、メンバーも本来の音を取り戻していく。
 ストーリー映画としては大変長い演奏シーン(約12分!)だが、カットバックで過去の顛末、演奏会後の彼らが称賛を得て世界に羽ばたく様などが描かれ、見ている者に物凄いカタルシスを与える(ちなみにここでも合間合間にクスっとさせられるので、毎回笑い泣き状態になる笑)。

前半はあれこれエピソードが挿入されたり、アンヌとフィリポフの関係性が最後のシーンまで明かされないので?が止まらなかったりするが、
オケがまとまると同時にストーリーもしっかり収斂していく快感。
キャラクター/出演者も秀逸。
ちなみに私が地味に好きなのはガブリーロフ。うまいことやらなければ!という思いと、過去の行いへの後悔、そして楽団員たちへの感情(私は仲間意識だと想像している)の板挟みになって右往左往する彼は、憎いキャラなのになぜか憎めない。
神に祈るシーン、なんだかんだで演奏会の成功を望んでいることが伝わるのだが、このシーンなんてほんとうに情けなくて最高にチャーミングだ。

そう、情けなくてチャーミング、これが映画中のあちこちにあふれているのが一番の良ポイントなのかもしれないな。
自然と笑みが零れる、大好きな映画だ。
あや

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