すきま

東京戦争戦後秘話 映画で遺書を残して死んだ男の物語のすきまのレビュー・感想・評価

-
「風景論」理解の為に見て、その意味で非常に役立った。
映画の筋は、女性の役回りが癪に障るものの(彼女の心理がぴんとこない)、記憶喪失ものとして結構面白かった。
タイトルは『東京战後奇譚』とでもすれば良かったのでは。

主役の思い込みの頑なさと現実との乖離、それなのに起こる周りへの波及、物語自体が風景論争批判になっていて、痛快だ。
牛乳配達自転車が映るのは『略称・連続射殺魔』へのオマージュか?
東京のまぁまぁいい家のぼんぼんが、本気で革命などと言ってたりする矛盾もさらっと撮っている。

「政治的にも芸術的にも破産(破綻と同じ?)すると何も信じられなくなる」「現実との緊張関係を捉える主体が無い」
「戦前の転向との違いはモダニズムの洗礼を受けていること」
「封建的なものとモダニズムの錯綜している日本の土壌に足を掬われて、幼年期から少年期にかけてのつまらないフェティシズムの泥沼にずるずるずるずるのめり込んでいくしかない」
「プチブル・インテリゲンチャの成れの果て」
劇中の革命青年達による映像・文化批評は、語彙は時代掛かっているものの内容は現代でも生きていて、色々状況が入れ子になっていることに眩暈を感じる。
現実と理想とを乖離させ過ぎず、自然な衝動を殺さずかつ単なるフェチを超えるには、一体どうすりゃいいんでしょうね。
考え過ぎも良くないんだと思うけど。

棒読みにこだわってたらしい演技指導は、濱口竜介監督のことも思い出すけど、宮崎駿が素人声優に拘るのと似た考え方ではないかと思った。
ただの素朴な声を求めている訳ではなく、芝居の無さを求めている?
しかし台本は自然に出た言葉とは違うし、当人の経験蓄積に基づく発声も殺されるので、そのままでは違和感だけが残る。
ちらっと感想を検索していたら、「異化」を狙っていたのでは、という興味深い意見もあったけれど、そんなにあれこれ詰め込まれたら、気が散ってちゃんと見れないよ。物語の邪魔することで、現実の筋が分からず生きている人間の集中力に近づけてるのかしらん。

今の映画のほとんどは、できる限りスムーズなつなぎ方がされていて、普通に人間が動いていたらそうは見えないような切り替えが映像で起こっても、気づかずにするする見れてしまう。
この時代の映画はスムーズでないから、構図の狙いがババーンどうだ!と目に飛び込んで来て、それが楽しい。
さり気なさは、エンタテイメントではないんだな。それは悪いことではないしその時々の流行はあるだろうけれど、右に倣えで同じ様に撮る必要も無いのにな。
すきま

すきま