出だしからキレッキレ。アヴァンタイトルにまだ素人ぽさの抜けない藤村志保を持ってきたのは製作側の意向なのか、そんな不安を払拭する鋭さ。市川雷蔵の出自やお家騒動など物語を進行させる上でやや説明的な台詞(脚本は新藤兼人)が前半目立つ。売り出し中らしき渚まゆみが棒読みだったり万里洋代が無駄に全裸(見えはしない)になったりとプログラムピクチャーらしいB級感もあったりして、その濃厚さと撮影編集のキレ、そして母性愛も父性愛も思慕し続ける役の市川雷蔵で70分に感じさせない密度になってる。
シネマスコープの対角線上に仰角アップ構図の藤村志保と天知茂もすごい。河原での決闘シーンで俄にアメリカの夜になり、別に夜を表しているわけではなく刀の閃きを見せる一瞬のためのアメリカの夜になっている。またクライマックスで雷蔵が伽藍堂の殿中を駆け回るシーンは殺陣を見せるためでもなくただただ無音の伽藍堂を見せるためにこのセット組んだんだなーと。そろそろ斜陽の時代に入る映画産業と大映を思わずにはいられない。この伽藍堂がラストシーンのなんともいえない物悲しさにつながる。