【サタジット・レイの『男はつらいよ』、または『あ、春』】
インド映画の巨匠サタジット・レイ最後の作品『見知らぬ人』を観た。クライテリオンから出ているレイ晩年ボックスの作品を一通り観たが、白黒映画時代のキレはすっかり失われてしまっているように思える。特に、レイは1983年に心臓発作を起こしドクターストップを喰らっている。1988年にようやく、撮影の許可がおりイプセンの『民衆の敵』を映画化したのだが、魅力的なテーマに反して制約的なカメラワークがネックとなってしまい退屈な一本に感じた。
そんな彼の最後の作品は、レイ自身が編集に携わっていた子ども向け雑誌「サンデシュ」に掲載した『The Guest』の映画化だった。
行方不明だった叔父がインドに帰ってくる。親たちは相続狙いではないかと疑いの目を向けるが、息子だけが彼のことを信じていた。叔父のキャラクター造形は、スローモーションな寅さんといった感じだ。野外で、コインを並べて子どもたちを集める様子は寅さんそのもの。しかし、語りにキレはなく、仙人のようにゆったりとした語りで魅了してくる。
物語の中盤では、なんとかして居候する叔父を追い出そうとする。ここは相米慎二晩年の作品『あ、春』を思わせる。人を信じる余裕のない人々と対比するようにノンシャランと生きる者を配置する。ゆとりのない社会を捉えようとする感じだ。実際に『民衆の敵』では、ヒンドゥー教寺院の聖水が町に疫病をもたらしていると考える医師は新聞記者などを巻き込んで、市民に訴えかけていくが、利益重視の寺院の策略によって味方を失っていく。新聞記者が心折れる時のゆとりのなさ、そこに社会の痛烈な現実が垣間見えた。
『見知らぬ人』は社会の最小単位ともいえる家族に全集中し、心のゆとりについて説いた作品だとみた。