Omizu

名もなく貧しく美しくのOmizuのレビュー・感想・評価

名もなく貧しく美しく(1961年製作の映画)
4.0
【1961年キネマ旬報日本映画ベストテン 第5位】
『われ一粒の麦なれど』松山善三監督作品。キネ旬日本映画ベストテンでは第5位に選出された。主演は高峰秀子と小林正樹。

第二次世界大戦前後の混乱期を生きる耳の聞こえない夫婦を描いた作品。ひたすらに清く正しく生きる二人に心を動かされる。

この時代に手話が半分以上を占めるというのはなかなか珍しいのでは。それだけでもこの作品の新規性が分かる。

演出も実に巧み。とりわけ電車の窓越しに交わされる二人の愛の会話は素晴らしかった。あんなこと言われたら泣いちゃう…

一方で不満点もある。一つは結末も含めここまで悲劇的に描く必要はあったのかということ。最後の出来事はやや強引だし、ハッピーエンドで終わらせてもよかったと思う。あの出来事の必然性を感じなかった。

もう一つはろうあ者を聖人として描きすぎなのではということ。昨今の映画ではリアルなろうあ者、障がい者を描くものが増えている中、やや障がい者を聖なる存在として美化しすぎかと。文句も言わず困難な時代を健気に生き抜くというのは素晴らしいがリアルかというと…

しかし悪い映画かというとそんなことない。傑作だと思う。上記の不満点は時代のせいもあるだろうし、何より障がいを持つ人々を主人公にしてるという点で革命的だろう。

この映画を素晴らしいものにしているのはやはり高峰秀子と小林正樹。彼らが交わす純粋な会話とその繊細な演技がすごい。ろうあ者として生きる苦悩と喜びをこれ以上ないほど表現している。高峰が上手いのは知っていたが小林もこんなに上手かったんだ。感服するしかない。草笛光子やカメオ出演的な加山雄三もよかった。

リアリティの問題はあれど、展開力や役者の演技、脇役に至るまで手を抜かないキャラクター造形が素晴らしい。松山善三監督作品は初めて観たが、演出力もよかった。繊細でありながら流暢に進めていくテンポ感が流石。

不満点はあれど、これだけやられたらそりゃ傑作と言うしかなくなる。十分見応えありの優れたヒューマンドラマ。一郎が良い子に育って本当によかった。彼らの今後を暖かく見守っていきたいと思わせられる作品だった。
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