カラン

暗い日曜日のカランのレビュー・感想・評価

暗い日曜日(1999年製作の映画)
3.5
1930年代のブタペスト。[カルメン + ユダヤ男 + ピアノ男] + ナチス男 = ?


☆ハンガリーのある歌曲

シェレシュ・レジェーという人の『暗い日曜日』という歌曲がハンガリー語でレコーディングされたのは1935年であった。この歌曲を聴いた人のなかで自殺者が世界各国で数百名、ハンガリー単体で157名で、作曲者も自殺したという曰くつきの楽曲で、ハンガリー語の原題は”Szomorú vasárnap”らしい。

この歌曲を元ネタにした本作は、現代のブタペストで始まり、誰かが死ぬ。誰なのか不明のまま、老人が死ぬ。皆がドイツ語を話している。たぶん冒頭は全てドイツ語だろう。映画はこのブタペストにおけるドイツ語の晩餐と老人の死の冒頭の後、1930年代のブタペストの長大な回想に移行する。

当時ハンガリーはドイツと共に枢軸国側に与して第二次世界大戦に突入することになるし、大戦中にドイツの傀儡政権も樹立されることになるほど、ドイツとの因縁は浅からぬものであったが、全編にわたってドイツ語を使い続けるのは、政治的な問題以上に、映画のエモーションをくじく。


☆愛し合う時もドイツ語?

この映画のドイツ人は概ねステレオタイプなナチで、ユダヤ系でなくともハンガリー人の反感と自主独立への願望が強くあったことは想像できる。映画ではロマのハンガリー女とユダヤのハンガリー男がナチス・ドイツのせいで酷い目にあうことになるのは誰にでも予想できるであろうが、彼らは風呂のなかで愛撫しあっていてもドイツ語で話す。

シェレシュ・レジェーの『暗い日曜日』というハンガリーのいわくつきの歌曲を元ネタにして、歴史上のブタペストを舞台にして、ハンガリー人の愛と死を描こうとするのに、なぜハンガリー語にしないのか。なぜ劇中でハンガリーの恋人たちが対立することになるドイツ人の言語に自分たちのエモーションを委ねてしまうのだろうか。ありえない。


☆アテレコ

ロマの女はエリカ・マロジャーンさんというハンガリーの女優。初めに彼女の音声が微妙にずれていることに気付いた。音はドイツ語で、唇もその音をなぞるドイツ語を発声している。つまり撮影時に彼女はドイツ語で演技をしたが、アテレコされた。おそらくは戯曲やオペラや映画の『カルメン』の影響でジプシー系の彼女は、謎の三角関係を生きる自由人として登場する。相手の1人であるユダヤ系のレストランオーナーのサボーはドイツ人。映像と音のズレを感じない。もう1人のピアニスト役のアンドラーシュはイタリア人の役者。唇の動きと声の音のズレを感じる。つまり、ドイツ人以外はドイツ語のアテレコをしたということなのだろう。

ハンガリーを舞台にハンガリー人たちの生と死を描こうとして、ドイツ語がネイティブでない役者にドイツ語で演技をさせて、最終的にアテレコのズレにまで至るのは、推して知るべしの当然の結果なのではないか。ハンガリーの女優さんの見た目はとても魅力的である。その彼女にハンガリー語を喋らせないという選択をするドイツ人映画監督の欲望とは、いったい何なのか。そんな状態で三角形の恋愛アクロバットを役者が表現できると思うのは、映画監督の過信ではすまされない。



レンタルDVD。55円宅配GEO、20分の10。
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