蛸

ブラック・ダリアの蛸のレビュー・感想・評価

ブラック・ダリア(2006年製作の映画)
3.8
「死んだ女」に狂わされていく男たちのお話、と言うと『ローラ殺人事件』が想起されます。あるいはここでのブラックダリアの死体は『ブルーベルベット』において冒頭で主人公が拾う「耳」である、とも言えるでしょう(それによって主人公がズブズブと暗黒にのめり込んでいくという意味で)。
ブラックダリアは死体となることで完全な客体と化します。物言わぬ彼女は男たちの欲望を反映する鏡となるのです。彼女の死体を囲む男たちのまなざしを写したショットがそれを象徴しているように思えました(彼女の惨たらしい死体が直接的に描かれないことには不満を感じますが)。

まず映像面において、まさしくデパルマ的な技巧が凝らされた場面がたくさんありました。物語中盤の殺人シーンはいかにもデパルマ的です。
ブラックダリアの死の真相はハリウッドの闇と接続される一方で、主人公の相棒の物語とも関連づけられます。彼女の死体の第一発見者が慌てふためく様を空撮で捉え、そのままの流れで主人公と相棒が銃撃戦へ巻き込まれる様子を映し出すショットは、2つの出来事のつながりを暗示しているようで見事でした。
主人公とグロテスクな金持ち一家との会食シーンも、カメラが絶妙に個々の登場人物に寄らないことで、この家族の歪な関係性が暗示されています。
そして主人公の相棒の自宅の階段を象徴的に使い、主人公とヒロインの関係性を暗示するような演出も印象的でした。
セピア色みがかった画面も相まって作り物めいた雰囲気が濃厚な映画ですが、原作はエルロイの妄想の産物であるとも言えるので、これはむしろ原作に忠実な判断なのではないかとも思いました。
1940年代の風俗描写もきっちり行われています。出てくる車はカッコいいし、ファッションはイカすしで美術に関しては言うことなしですね。

ただやはり展開の粗雑さという点で不満が残ります。
原作が割とボリュームのあるものなので、百歩譲って、物語の枝葉の部分がカットされるのは仕方がないことだと思います(それが作品のテーマであるLAの闇を描いた出来事だとしても)。しかし、主人公の地道な調査の描写が欠落しているため、彼が真相に辿り着く説得力が決定的に欠けているように思えました(閃きと偶然のおかげで真相に辿り着いたように見える)。前半は割と原作に忠実だったのですが後半の謎解きパートは、本来あったプロットを無理に切り貼りした跡が露骨でぎこちなかったです。多分、原作未読の方はわけがわからないんじゃないでしょうか。

同じエルロイ原作なら『LAコンフィデンシャル』のほうが数段完成度が高いと言えると思いますが、ノワールが好きな人はこの雰囲気だけで元が取れるとも思いました。
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