このレビューはネタバレを含みます
鬱映画だ...。
女性が現実的な理由って、子どもを産むからだって個人的には思ってるんです。
絶対的に守るべき存在ができるから、自分から産まれるから。
だから自分と、その家族が生き延びるための可能性が少しでもあったら追求せざるを得ない。
でもこの映画のソフィーは、もう自分の命をある瞬間から諦めてしまっています。
日常の、だるっとした絶望なんかじゃない、どうしようもなく理不尽に突きつけられた"選択"の過去によって。
全てを知った観客は、ああスティンゴには彼女は救えないと思うんじゃないでしょうか。
うん、無理だよ、理解できっこないよ。経験してきた重さが違いすぎるよ...。
あと、わたしあんまりスティンゴ好きじゃない。笑
ついさっきまでネイサンといたソフィーにプロポーズしちゃうとか、自己中心的すぎんか?
田舎だから結婚してないと一緒に住めないとか、いや知らんがな、そっちの都合押し付けてくるなあ!
そもそもソフィーのことが好きなら、ネイサンがいる場所で堂々と奪えばいいのに。実際3人でいるときは仲良し親友ってフリして、なんか気持ち悪!
と、思ってしまいました。笑
結婚とかのワードを出さずに、しばらく一緒にいてあげるだけならソフィーも受け入れたかもしれないのに...あり得ないか...いや、あると思います
でも、難しいよね。うん。