kyohei

ものすごくうるさくて、ありえないほど近いのkyoheiのレビュー・感想・評価

4.8
9.11で最愛の父を亡くした少年オスカー。「太陽が爆発しても、8分間は気づかない。太陽光が地球に届くまでそれだけかかるから。(中略)僕とお父さんの8分間は、過ぎようとしている」と語る彼が、どれだけ父を愛し、必要とし、また愛おしく思っていたかが象徴される。

この映画は、9.11の悲劇の話でもなければ、それにまつわる美談でもない。ただ、理屈で説明できない理由によってたまたまその惨劇の場所に居合わせたために父を亡くし、その喪失感に必死で向き合うオスカー少年の成長物語だ。アスペルガー症候群を抱える彼の「苦手」の演出は、同じものを抱える当事者の私から見てもうまく描写されている。特に「音」や「乗り物」への恐怖、パニックを抑える安心材のタンバリンの使い方は非常にリアルで繊細に描かれている。私は数学科学にはめっぽう弱い言語型だが、理屈で物事を解釈しようとするのもよく理解できる。そして、「一旦突き動かされたら、止まれない」という性質も。11歳の少年が一人で歩き回るには危険極まりない都会のニューヨークを、父からの遺言らしい鍵がさすものを見つけるために、ひたすら突き進むオスカー。もうこの段階で、私は涙が止まらず、オスカーに感情移入しまくりで冷静に鑑賞していなかった。見終わって感想を書こうとふと思い返すと、細かいところを思い出す。「第6区」の存在。オスカーが訪ねる鍵を持っているかもしれない「ブラックさん」たちの反応。突然一緒に鍵を探し始める「間借り人」。オスカーが抱える「秘密」。

そしてその細やかさは単にストーリー上のものにとどまらない。人はみな、きっかけは何であれ、何らかの喪失感を抱えている。それに気づいている人も、そうでない人も、そこから逃れようとする人も、受け入れようとする人も。そんな彼らを、オスカーと彼の愛する父が繋いでいく。そしてそれぞれが各々の解釈で、喪失感から前進していく。これはオスカー少年のフィジカルかつメンタルなロードムービーであり、また彼が成長の道をたどることで、彼にかかわった人たちの道も変わっていく幾層にも重なるロードムービーだ。オスカーが最後にたどり着く場所、そこで彼は、最愛の父は今でも近くにいることを認識する。「第6区と君自身の素晴らしさ」を胸に、きっとオスカーは羽ばたくのだろう。鳥になった気分で。
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