Jeffrey

アントニオ・ダス・モルテスのJeffreyのレビュー・感想・評価

4.8
「アントニオ・ダス・モルテス」

〜最初に一言、 ヌーヴェルヴァーグを喰ったシネマ・ノーヴォの漲るエネルギーと狂気の荒野で起きる逆転の法則、論理を捨てたブラジル映画の超絶傑作、ここに極まれし〜

冒頭、ブラジル・アラゴアス州の小さな町。若い聖女と信者、警察署長、殺し屋、 町の地主、惨殺、民謡の音楽、盲目の老人、腐敗した権力、黒人奴隷の解放の伝説。今、民衆を救済する殺し屋の物語が始まる…本作はグラウベル・ローシャが1969年にブラジルで監督した西部劇風ドラマの傑作としてシネフィルの間で伝説化されている作品をこの度、DVDボックスを購入して初鑑賞したが噂通りの大傑作であった。こらがシネマ・ノーヴォなのか、本作はカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞している。しかし、 監督・製作・原案・脚本・美術の5つを賄うって凄い力の入れようだな。

この作品は監督自身が"私にとって、真に映画的と言える最初の試み"と語る作品で、ルイス・ブニュエル賞まで受賞している映画である。ジャズなどで、演奏者が集まって演奏するかの如く全編にブラジルのシンセサイザー的音楽のスコアが映像に絡み付く。これは非常に画期的で、マルロス・ノブレの偉大さが分かる(彼のことはほとんど知らないが)。


さて、物語はブラジル・アラゴアス州の小さな町を舞台に若い聖女と信者たちの活動を侮蔑する警察署長が、殺し屋のアントニオ・ダス・モルテスに仕事を依頼する。だが、彼は信者や聖女と関わりを持つに連れ、ある思いに囚われ始める。その後、町の地主に雇われた殺し屋集団が町へやって来て、信者たちを惨殺し始める…と簡単に説明するとこんな感じで、本作は冒頭から魅力的だ。

まず、物語の説明が流されて荒れた大地を固定カメラで長回しする。そこに1人の男が横切る。続いて銃声音が聞こえ、違う男が片手に猟銃を持ちながら苦しみ倒れる。カットは変わり町の住人の男が子供たちに勉強を教える。ブラジルの発見は1500年、独立した年は1822年、奴隷解放の年は1888年、共和国の建設は1889年、ランピオンの年は1938年…と言う具合にだ。

そしてカメラは祭りをする人々の派手な格好して、旗を手に進行する大勢の人々の愉快な描写に移り変わる。そして男がカメラに向かって独白する。そして街の景観を半ば高台から撮影して、アントニオの歌が流される。



いや〜民に小麦粉と干し肉を与える描写で、人々が家畜のように集まって小麦粉を素手で貪る場面は強烈。それと呪われた歌といいながらずっと歌ってるあの狂気じみたワンシーンもすごい居心地だ。それと女が〇〇を刺し殺すシーンもかなり不意に訪れて衝撃的だ。それと画面によく現れる盲目の男(老人)がなかなか印象的に残る容姿と振る舞いをする。

それに荒野に死体を運んだ男女が、その死体をベッド代わりに上に寝転び接吻するシーン(愛し合う)はかなり狂気じみた行為だ。ブットんでいる(しかも、死体の男の顔の近くで抱き合ったりしているからヤバすぎる)。この作品結構ワンフレーズの音楽が流れて、クロスカッティングされる事が多い。

ロングショットの長回しも非常に多く見られる。それにクライマックスのチャンバラが終わったと思いきや銃撃戦に発展するまでの流れが最高すぎる。あんな撮影の仕方ってあるのって思ってしまうほど迫力があって、理性で見るような映画では無いと思わされるラストだった。それとこの映画はもはや西部劇型ミュージカル映画といっても過言ではない。物語の8割以上にひたすら音楽(歌あり)が流れる映画も珍しい…こういった男同士の汗臭い西部劇風の作品には。

これまた最後にアントニオが去っていく後姿を捉えるショットが何とも言えない気持ちになる。


この作品がローシャ作品で初めて見た映画なのだが、彼自身法律を学んでからメトロポリタン紙の映画コラム担当などもしつつ、映画や演劇サークルの中心的オルガナイザーとして働いていた人物なのにもかかわらず、ここまでの天才ぶりを発揮しているのは非常にすごい。

だってそうだろ。この作品は1匹狼の死神アントニオが活躍する話なのだが、無差別な殺しが行われている寂れた町で残虐非道な支配者である地主の下で殺し屋として雇われていた男が気がつけば虐げられていた農民を解放する側の人間へと逆転して行ってしまうのだから。こんなん、凄いしか言えないだろうが…。

そもそも殺し屋が活躍してしまう映画って最高すぎるだろう。民衆の蜂起を熱狂的に描いてる作品もラテン民族主義らしく良いし、弾圧される農民を解放する役目が殺し屋って笑うよね。そんなシュールな映像の中にブラジル北東部の民謡が歌われたり、聞かされたりするんだから見てる観客は圧倒的にひれ伏してしまうよね。

とにもかくにもエネルギーがありすぎる映像のオンパレードで、感服してしまうのは当然だが、1本見たら連続して他の作品を見ようと思えなくなってしまう程の漲るパワーをフィルター越しに自分を襲ってしまった、この映画は正に大傑作である。


ちなみに彼の過去の作品の「黒い神と白い悪魔」とはこの作品は姉妹編とされている。主人公もアントニオだし。おそらく、いや間違いなくフンベルト・マウロやアルベルト・カヴァルカンティの作品に影響受けていると思う彼のほとんどの作品に。

それにしても、このシネマ・ノーヴァと言うのはブラジルの若い映画を指す呼称であると同時にリオデジャネイロを拠点とした映画作家たちのことを言うらしいのだが、日本で言うなら日本アートシアターギルド(atg)の立ち位置だろう。

大体年間20本ほど映画を作って世に出していたそうだが、少し気になる作品を調べると出てきた。まだ私自身見たことがないワウテルの「水車小屋の少年」(65年)やディエゲスの「大都会」(66年)等である。もっと言うならきちんと字幕を付けて観たいブラジル映画も山のようにある。例えばネルソン・ペレイラ・ドス・サントスの「乾いた生」(63年)や「野蛮なアフリカ」(1933年)などである。かなり昔にYouTubeで落っこちていたものを鑑賞したが、字幕も付いていなかった(英語)全然意味がわからなかったが、圧倒的な画作りだった。

同じく一応国内で円盤化されているが、廃盤で20,000円以上するキューバ映画の「怒りのキューバ」と言う作品もYouTubeに落っこちていて、それは完璧に映像美を楽しむ作品だから字幕なしでも見られるから気になる方はオススメ。かなりの傑作。

この作品のタイトルバックの大蛇を刺し貫く聖ゲオルギウスの静止画は、その伝説がこの映画の下敷きであることを証明している演出だと思われる。なんかこの聖ゲオルギウスに関して他の作品でも言及してたような気がするんだよなぁ。何だったか忘れちゃった、ピーター・グリーナウェイの「コックと泥棒その妻と愛人」にも出てきたっけな...なんだか忘れちゃったわ。


余談だが、ローシャ監督は1969年のゴダールの作品の1つ「東風」に出演していたそうだ。そうやってヨーロッパで資金を調達して今回円盤化されなかった残りの2作品の「七つの頭のライオン」と「切られた首」を撮影したそうだ。ちなみにこの2作品は私もまだ見れていない状況である。都内で上映してくれれば見に行きたいものだ。VHSもレーザーディスクも国内にはない。YouTubeの中でも探したけどどうやら見当たらなかったし…。
Jeffrey

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