鍋山和弥

ショーシャンクの空にの鍋山和弥のネタバレレビュー・内容・結末

ショーシャンクの空に(1994年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

この作品には、よく聖書が、出てくる。神は、人々を、見ているということか。人の法などでは、人間のホントの罪は、裁けない。そこには、同感だが、実際には、神は、裁けないだろう。この作品内のようには。罪無き者は、救われ、罪人は、裁きが下る。ホントに、そうなれば、良いのだが・・・・。主人公は、アンディー。元は、真面目な銀行員で、妻と、その愛人を殺した罪で、終身刑となる。実際には、アンディーは、殺しておらず、無実の罪で、投獄された。まず、ここ。人間の法律では、無実でも、終身刑となる。次に、この刑務所の所長。囚人達に対して、聖書の教えを、説いている。だが、アンディーの経理の腕と、ワイロに眼が眩み、アンディーが、無実と分かっても、アンディーを離さない。人間の法律では、刑務所の所長をしている、罪無き者。アンディーも所長も、聖書を愛読する。所長は、アンディーを経理として、こき使う。ここでは、神から見れば、罪人は、所長で、無実なのは、アンディーのはずなのに・・・・。やはり、人間のなどでは、ホントの罪は、裁けないのだ。ここまでが、この作品の、外の世界のリアルだろう。だが、この作品内では、信じられない奇跡で、神の裁きが下る。まず、アンディー。奇跡として、調達屋のレッドが、親友だった。これは、奇跡。次に、レッドの調達したハンマーと、刑務所の壁。刑務所の壁の、材質のおかげで、ハンマーで、簡単に、穴を掘ることができ、その他の、調達物も手伝って、名前まで変えて、脱獄できた。晴れてシャバだ。そして、所長。所長は、ワイロだけでなく、ワイロを隠すため、殺人を犯した。そのワイロが、脱獄したアンディーの手で、暴露され、捕まりそうな所で、自殺に、追い込まれる。人間の法律では、裁けなくとも、やはり、罪は罪ということだろう。そして、レッド。レッドの幸運は、アンディーに出会ったこと。40年目の、仮釈放審査時。彼は、『更正』という言葉に意味など無い。『更正』は、人間が、作った言葉だと言った瞬間。仮釈放された。普通、こんなことが、あり得るだろうか?あり得ない。では、なぜ、仮釈放されたか?それは、ホントは、人間の法律には、意味がないと、認識したからだ。ホントには、『更正』も何も、殺人を犯した時から、罪の意識を持っていたという意味の、発言をしたからだ。これは、この作品内だからだ。現実なら、『更正しました』と、教科書通りに言えば、仮釈放だ。この作品の舞台は、人間世界だが、どんなにリアルでも、ファンタジーということかもしれない。この作品は、登場しないが、神の物語だ。
鍋山和弥

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