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太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男のodyssのレビュー・感想・評価

3.5
【いかに良く負けるか】

戦争映画としてそれなりの出来だと思います。ただ、ちょっと物足りない感じも残るかな。

この映画は、一口で言うといかによく負けるかというお話です。第二次世界大戦で日本が負けたことは誰でも知っていますが、戦線が広大で多岐に渡っていたこの戦争では、個々の戦線ごとにそれぞれの事情があった。ここではサイパン島での日本軍が劣性の中でいかにアメリカ軍を苦しめたか、そして8月15日をへたあとで以下にアメリカ軍に下ったかを、実在の大場大尉を中心に描いています。

大戦後の日本では平和な時代が60年以上続いています。しかし現在の日本、そして世界情勢は第二次世界大戦を除いては考えられません。それは、単に戦後日本の繁栄が戦死者たちの礎の上に築かれたからばかりではありません。戦前戦中の日本は大東亜共栄圏を唱え人種差別撤廃を訴えました。第二次大戦までの世界秩序は、今とは比較にならないくらい欧米中心・白人中心だったからです。無論、日本の差別撤廃論には建前論的なところもあったことは否定できない。つまり必ずしも行動が伴っていなかった。しかし第二次大戦後、日本は負けたとはいえ、アジア・アフリカの植民地は次々と独立していったのです。つまり、第二次世界大戦は表面上は英米など旧秩序側が勝ったものではあったけれど、実際にはその後旧秩序を揺るがす流れが大きく起こり、それを止めることは英米にもできなかった。

第二次世界大戦の歴史的な意義は、こうした側面から見ていかなければならりません。大戦直後、或いは昭和40年代頃までの、「英米は民主主義で正義の味方、枢軸国側はすべて悪」というような見方は、とうに有効性を失っています。すでにクリント・イーストウッド監督の「硫黄島」2部作はそうした流れをしっかり捉えている。今回のこの『太平洋の奇跡』は、必ずしも歴史観の見直しが前面に出た映画ではありませんが、敗戦に際しての日本人の行動や判断を丁寧に描いていて、一見の価値のある作品になっています。

最初に戻りますが、この映画はいかによく負けるかを描いている。それは今の日本人にも無縁のテーマではありません。戦争がなくても、人間は何十年か社会で生きていく上では勝ったり負けたりするからです。一生勝ち続けの人生を送れる人間はそうそういません。負けたときどうするか、これは誰でも考えなくてはならないのです。そういう意味で、大場大尉たちの身の処し方は戦争に縁のない現代人にも大いに参考になるはずです。

この映画にはしかし、物足りない部分もあります。

第一に主演の竹野内豊です。がんばっていたとは思うけど、どうも風格や存在感が足りない。もう少し堂々とした男優はいなかったのでしょうか。必ずしもイケメンでなくても、ブオトコでも、存在感があればいい。『硫黄島からの手紙』の渡辺謙と比較するのも気の毒ですが、そこまでいかなくても、もっと重みを出せる俳優はいるはずだと思う。竹野内は、以前『冷静と情熱のあいだ』で香港女優ケリー・チャンと共演しましたけど、あそこでもケリー・チャンの美貌に対して日本男児の存在感を十分に示せていなかった。酷な言い方になりますが、その程度の俳優なんだと思いますね。

第二に、大場大尉がフォックスと言われるようになる過程は、もう少し丁寧に描いた方がいい。とってつけたような印象が残るのは、説明不足だからでしょう。

第三に、米軍側の日本理解者であるハーマン・ルイス大尉の描き方です。かつて日本に2年間留学したという設定ですが、彼の日本理解が将棋の駒というのはちょっとどうか。まあ、あの頃のアメリカは、ルース・ベネディクト『菊と刀』みたいな文化理解が優勢だったからこれでもおかしくないのかも知れないけど、もう少し何とかならないものか。彼の日本理解がもう少し深いものであれば、大場大尉に寄せる共感にも説得性が増したと思うんですがね。
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