Jeffrey

憂国のJeffreyのレビュー・感想・評価

憂国(1966年製作の映画)
4.5
「憂國」

冒頭、巻物と手袋した軍人の描写。章と物語の流れが文字として解説される。美しき妻、麗子。切腹、枯山水、お化粧、掛け軸、軍服姿、裸体、接吻、営み、エロス、静寂。今、三島由紀の文学が映される…本作は三島由紀夫の短編小説を映画化したもので、製作、脚本、主演した自主製作の配給に東宝+ATGで昭和四十一年に公開された秀作で、この度DVD購入して久々に鑑賞したが素晴らしい。わずか二十八分しかなく更に百二十万の低予算で作ったモノクロ映画で、出演しているのは三島由紀夫扮する武山信二中尉と鶴岡淑子扮する武山麗子の二人である。本作はヌーヴェル・レプブリックのベルナアル・アーメルが高評価している。それに安部公房も脱帽したと言っている。

本作は一九九六年の劇場公開からあまりのショッキングな内容に日本でも話題を起こしたが、欧米でも絶賛の声を浴びたとのことである。上映プリントは処分されていたようだが、三島邸に保管されていたネガ・フィルムが完璧な状態で発見され、何とか二〇〇六年にDVD化された。この作品は全編を通してワーグナーの音楽にのせ一切セリフを言わない。そこに三島由紀夫の美学が溢れる芸術映像がある。

ATG映画には"心中"が多く作品として作られている篠田の心中天網島、増村の曽根崎心中等とある。今回は特典映像が収録されている2枚目のディスクで海外公開バージョンの本作品の米国公開版と仏版、仏蘭西語別バージョンも鑑賞した。それらの感想も下記に述べたいと思う。

さて、物語は昭和十一年"二.二六事件"が勃発、新婚であるがゆえに仲間から決起に誘われなかった武山中尉は皮肉なことにかつての親友たちの鎮圧を命じられる立場になる。国も友も裏切れない彼は最愛の妻である麗子と共に自ら死ぬことを決意する。そして愛し合う二人の想像絶する愛と死の儀式が始まる。

本作は冒頭から魅力的である。三島由紀夫であろうか、手袋をした手で巻物が広げられるファースト・ショットで始まる。そこにはこれから起こる物語が習字の文字として書いてある。そして第一章、麗子が幕を開ける。カメラは和室の一角を捉える。そこには大きな掛け軸があり、至誠と書かれている。着物を着た美しい日本女性の習字している姿が映される。彼女の名前は麗子。

続いて、カメラは可愛らしい小動物の文鎮のような置物を一瞬捉え、彼女がそれを一つ手に持ち目をつぶり何かを思う。そうするとうっすら軍服を着た男性の姿が現れる。ここではエロチックな描写になり、ワーグナーのおどろおどろしい音楽が流れ始める。そして冒頭の巻物の続きが映されて第二章となり説明が文字として現れる。

三島由紀夫演じる武山が雪の外から家の中に入る。彼は帽子をかぶり軍服姿である。ミニマムな部屋のど真ん中に胡坐をかき、妻は形見を彼の前に差し出す。そうすると男は妻を自らの懐へと寄せ合う。そして耳元で何かを囁く。そして腹切りのジェスチャーがされる。カメラはゆっくりと二人の手元をクローズアップする。そして接吻、巻物の第三章が文字として画面に現れる。

カメラは裸体姿になった二人を捉える。一瞬刀が映り、二人の目元のクローズアップがなされる。そして深く愛し合う。カメラは麗子の髪を、武山の毛深い腕を、顔を弄る指先を、女の喉仏を、掛け軸を、臍を、脇を、胸元を、唇を、肩を捉える。そして第四章へ。二人は空中に浮いてるかのように見える神棚に正座をし一礼する。そして軍服姿になった武山が刀を取り出し、布を刀に巻き、上着のボタンを外し、ズボンのベルトを外し、腹を見せ刀を突き刺していく…と簡単にオープニングの説明をするとこんな感じで、ここから先はモノクロの美しいコントラストの中に残酷な美がフィルターを通して観客に襲い掛かる。

この後に第五章〜麗子の自害と続く…。


いゃ〜久々に観たけど上映時間が三十分も満たないので見やすい。見やすいだけではなく感動もするし、アートフィルムとしては絶賛できる一本だ。当時の素晴らしい日本映画を多く見てきた三島由紀夫だからこそこういった演出ができたのだろう。すべてに覚悟を見出した妻である麗子が鏡に向かってお化粧するシーンは感動的である。正に自ら死に装束を選び、夫の送り人になり自害していくのである。

あの枯山水のラストは印象的だ。

それに日本舞踊における造形が完璧なまでに表現されたラストのシーンで麗子が死出の化粧をすると今まで真っ白だった着物が真っ黒な血に染まっていくのが…瀬戸物の小動物のコレクションが映される冒頭とはまるっきり違う画作りになるのだ。それに切腹に至るまでの儀式的な緩やかな順序的な下は中々見入る。

この作品は見ての通り一切セリフを使わないで、物語の背景の状況を巻物に描かれている文字(字幕)で説明されている。そしてワグナーのトリスタンとイゾルデの愛の死のテーマで持って統一がなされている。当初、この作品は八ミリか十六ミリで撮影されるはずだったが、三島由紀夫原作の金閣寺を巨匠市川崑が「炎上」と言うタイトルで監督した傑作をプロデューサー藤井と堂本が三島に三十五ミリでやった方が海外の映画祭にも出品できるし絶対にそっちの方がいいとアドバイスして、信頼したそうだ。

当時の軍服や軍帽を探すのに非常に苦労したと三島は言っているようだが、巻物に墨で自筆で書くのも非常に大変だったと思う。だって英訳や仏訳なども書くわけだし。さらに妻役の女優を探すのに大変苦労したと言っている。役どころ的には妖艶でありすぎてもダメで色気がなさすぎてもダメだったり色々と基準があったそうだ三島由紀夫なりに。



ちなみにこの巻物の文字って三島由紀夫自身が書いているらしいが、非常に達筆で字がうまい。それにしても家族の意向によってネガが破棄され上映がされることがなかった幻の作品が三島由紀夫の邸宅の中にある茶箱の中から奇跡的に綺麗な状態で見つかった事は本当にありがたい。これがなければ私たち若い世代は見ることができなかったのだから。



さて、今回は海外版で上映されたバージョンも二本観た。米国版はオール英語で巻物が描かれている。そして基本的には無音の出だしである。文字が英語になっている以外はほとんど同じである特にグロ場面も切り取られていない。仏版もそうである。プロダクションノートを読む限り、三十五ミリフィルムで撮影された本作は制作当初より海外での公開を意識していたようで、字幕表記となる巻物に日本語以外の英語表記と仏蘭西語表記または独逸語表記のものも用意されていたらしい。




余談だが、この作品を皮切りにもともと日本アートシアターギルドは海外の優れた作品を配給するためだけのツールだったのだが、あまりにも「憂國」の大ヒットに日本映画だけでも売り上げをたたき出せるんじゃないかと思った人たちがいわゆるATGから日本映画を出したとの事である。今回特典DVDのドキュメンタリーを見たが、これありきで見たほうが絶対に良い。特典映像は本当に貴重な出来事や物事が非常にわかりやすく描かれている。三島由紀夫の若い頃の写真から子供の時の写真、最初に書いた小説など様々な説明が入る。非常に魅力的である。

この映画を通して三島由紀夫の世界をもっと味わいたいと思い、日本で唯一となる三島由紀夫にまつわる文学館に訪れたいと思わされた。
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