一人旅

ヨーロッパ・ヨーロッパ 〜僕を愛したふたつの国〜の一人旅のレビュー・感想・評価

5.0
アグニェシュカ・ホランド監督作。

二次大戦時、迫害から逃れるためドイツを離れポーランド、ソ連へと渡ったユダヤ人青年ソロモン・ペレルの波乱の半生を描いた、実話を基にした戦争ドラマ。

いわゆる“ユダヤ人迫害物”の一作だが、ユダヤ人居住区(ゲットー)や強制収容所に押し込められたユダヤ人という地理的に限定された、典型的なお話ではない。タイトルが示す通り、ヨーロッパの数カ国を渡り歩くことで苦難の時代を何とか生き延びようと奮闘するユダヤ人青年の姿を描いており、ストーリーも「ドイツ人に虐げられるユダヤ人の悲劇」を残酷な描写で描いたものではない。
敵から逃れるために自分がユダヤ人ではなく純粋なドイツ人と偽り、あるいは、ソ連の共産主義に染まることで身の安全を確保する中で、ユダヤ人としての自己と自分が今していることのギャップに苦悩するという、“ユダヤ人青年のアイデンティティーの喪失と回復”というテーマが根底にはある。

純粋なドイツ人(アーリア人)と偽りヒトラーユーゲントに加入するソロモン。「ドイツの敵はユダヤ人」という周囲の共通認識の中、先生はユダヤ人の見た目や性格について悪意たっぷりに長々と説明する。それを熱心に聞き入る他の生徒とは違い、他でもないユダヤ人であるソロモンだけはいつ正体がバレてもおかしくないという恐怖で心を支配されている。と同時に、ユダヤ人を抹殺するための組織に属するユダヤ人、という耐え難い現実がソロモンを苦しめる。

そして、スターリン支配により神の信仰が許されないソ連で、ユダヤの神を信じるソロモンは仲間たちの前でスターリン崇拝を誓わされる。「神よ、菓子をくれたまえ」という発言には何も起きないのに、「スターリンよ、菓子をくれたまえ」と叫ぶと天井からたくさんの菓子が降ってくるという茶番。よく見ると天井から人の手が見え隠れしているのだが、そんなことはお構いなしに喜ぶ子どもたち。洗脳ってきっとこんな馬鹿らしい手法でも充分に効果を発揮する。

ユダヤを敵と見なすドイツ人になり、また神を否定しスターリンと共産主義を信じるソ連人になる中で、次第にユダヤ人としての自己を見失っていくソロモン。生き延びるために手段を選ばなかったソロモンを待ち受ける苦悩と葛藤の日々。戦争という絶対悪が、家族との穏やかな生活、ドイツ人少女との恋、そしてソロモン自身の未来までも奪い去っていく。

楽観的なストーリーでは決してないが、時おり見られるコミカルな演出も魅力的だ。ユダヤ人の風習である割礼の証拠を見られないようにするためにソロモンが取る決死の大演技と、直後に彼を襲う痛々しい悲劇のコンビネーションが可笑しい。また、ナチス式の敬礼の練習中に突然踊り出してしまうシーンは吹き出して笑ってしまうほどおもしろい。
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