くりふ

北斎漫画のくりふのレビュー・感想・評価

北斎漫画(1981年製作の映画)
4.0
【ほおずきを弄ぶおんな】

先日、フィルムでみる機会がありました。

若き日の、樋口可南子全裸肌、が異様に眩しい!(笑)大画面に艶かしく拡大された、にぶい白さに凄みがあって、北斎がのめり込んでゆくのも納得です。

しかし、公開当時話題になった(?)、触手エロスの原点な春画「蛸と海女」の再現は、蛸がゆるキャラじみた出来で、半ばギャグですね。ここは小画面に映して、キッチュに面白がった方がよさそうです。

原作は伝記ではなく、独自の葛飾北斎像を展開させた戯曲なんですね。読んでみたら、その北斎像への迫りは、映画より一段深いと感じました。映画では省略されたり、表面的に見えてしまう部分が惜しかった。

そのせいか、やがて開眼する「ひとの魔性を描きたい」という北斎の想いが、本作のある到達点なのでしょうが、ちょっと唐突な感じがしましたね。

また、北斎の無茶苦茶パワーを、緒方拳さんが体当たりで演じていますが、繊細な部分はあまり顕れないのが残念でした。今年は生誕250年だそうで、太田記念美術館で北斎展が開かれており、展示原画を見て改めて思ったのが、これは心の細やかさがないと描けないだろう、という実感だったもので。

それでも、北斎を囲む人物たちの豊かさ、そして映像化ゆえの面白さで、かなりのところは堪能できました。

筆頭は、可南子さんのお直さん(笑)。絵に描いたような魔性の女でしたが。子供の遊びだった、鬼灯の実を口で鳴らすのが癖。彼女のは、実に生々しい。アルカロイドを含む鬼灯は当時、堕胎剤としても使われたそうですが、それを舌で転がす奔放なおんな像、が見事はまってます。

北斎のモデルとして身体をすべて晒す時、赤い腰巻が添えられていましたが、この赤は色気というより、生理や出産であらわれる血を連想させました。男の劣情など寄せつけず、北斎が絵を忘れ催しても、弾いてしまう強靭さ。

この凄みがよかったのに、後で蛸が、魔性を消しちゃうんですよねえ(笑)。

まあ、可南子さんご本人は、最近でも白い犬と愛し合って、上戸彩ちゃんを産んでるわけで、その魔性、衰えてないのでしょうが(…え?)。

北斎の娘役、田中裕子さんもおっぱい丸出しで昼寝したりして、江戸の野生児をストレートに演じ、爽快ですね。そしてこの、父娘関係の倒錯ぶりが、特異で面白かったです。

女を描こうとする北斎が、ずっと女に振り回され続け、母親役に変貌してゆく娘に、ずっとサポートされてゆく。エロスを描く父のため、ヌードモデルも務めるが、決して二人は、インセストな関係には陥らない。

でもこれって、男の身勝手な願望まんまの娘像、なのかも。…ちょっと不気味(笑)。

その他、人生の終盤戦で、鏡の中の女に惑わされる鏡職人、北斎の父や、生真面目さ(実は恐妻家)から雌伏する曲亭馬琴と、その恐妻の漫才ぶり、等々、味わい深い人物の配置もよくて、各々快演していると思います。

また全体での、時間の飛び具合や配分が、興味深いものでした。

特に終盤、90歳を迎えても、まだ絵師として前に進もうとする北斎なので、ヨボヨボ老年期の描写が、なんだかダラダラと長いのですが、いや、90歳の時間感覚ってこんなだろう、と妙に納得してしまって(笑)。

そして無茶苦茶に生きてきて、もはや世間に廃棄物のように思われても、まだ自分を高めようとする老北斎に、ちょっと勇気づけられもするのでした。

<2010.7.13記>
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