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ユリシーズの瞳のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

ユリシーズの瞳(1995年製作の映画)
4.5
[結局、変革などしなかった世界に] 90点

大傑作。1995年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。『こうのとり、たちずさんで』から『永遠と一日』へと連なる"国境三部作"の第二部。4回目のコンペ選出ということで、本気でパルムドールを狙いに行ったようだが、予期せぬ強力なライバル『アンダーグラウンド』に負けてグランプリ止まりとなってしまった一作(4年後に次作『永遠と一日』でパルムドール受賞)。奇しくも両者ともユーゴ紛争を主題として扱っている。ギリシャ映画史の始まりは意外と遅かった。というのも、アテネに電気が通って普通に映画上映が出来るようになったのが1908年になってからだったのだ。それよりも前から既に活動を始めていて、バルカン諸国を回って民俗学的な映像を収めていったのがマナキス兄弟だ。映画ではマナキス兄弟の未現像フィルムを探してバルカンを放浪する映画監督を主人公にしており、マナキス兄弟と第一次世界大戦及び第二次世界大戦が、現在の映画監督とユーゴ紛争の関係性に重ねられ、まるで映画監督がマナキス兄弟として当時の世界を巡るような幻想が現実とシームレスに繋がれる。正に20世紀回顧としての戦争と映画だ。

長回しは相変わらずパワフルだが、今回は冒頭での黒い傘の集団→遠くにロウソクを抱えて歩く集団→衝突という長回し、アルバニアの国境で雪原に呆然と立ち尽くす人々の長回しなど、明らかにヤンチョー・ミクローシュっぽい人間が背景となって記号化する場面があって感動した。しかし、同時期の『霧の中の風景』や『永遠と一日』に見られるような直線のイメージはあまり見られず、戦争による荒廃と移動がメインとなる。主人公は一応ギリシャ人ということになっているが、ハーヴェイ・カイテルが演じており、その点である種無国籍の人間となっている。彼がギリシャからアルバニア、マケドニア、ブルガリア、ルーマニア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナとバルカン諸国を巡る様は、戦禍から逃れる道を逆に辿り直しているのかもしれない。こんな世界だからこそ、頑なに映画の力を信じている姿勢に、なんだか目頭が熱くなる。
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