垂直落下式サミング

秒速5センチメートルの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

秒速5センチメートル(2007年製作の映画)
5.0
「あのキスのあとでは、世界の何もかもが変わってしまった気がしたから。」

うううあ!キッツい!これは、やばいぞ…。いいところに当たる。イタ気持ちよさの中毒性。中学時代までの遠距離恋愛を永久に引きずって、まともに会わないまま相手への想いだけを抱えて、脳内でドンドン理想化してしまい、どこにも行けなくなった男が、結局どこにもいけなくなって、肥大化した感情をひきずりながら都会をさ迷うという呪いのアンチ・ラブコメ。
“キラキラ童貞総大将”新海誠が、世間にその名を知らしめた出世作だ。なんでもキラキラっ!桜、雪、星、空、海、雨、電車、日光、すべてがキラキラと輝いている。なのに描かれるのは、青春を棒に振るほどの自由恋愛のどす黒い呪い。新海のオタクは、大成建設のコマーシャルを見るたびに、ゾワッとした感情が溢れるのだ。普通に生活してんだからさ、やめてよね。
最終的に彼女を諦めることで、初恋から解放されようやく前を向いて進めるようになるハッピーエンドの物語なのか、いやいや山崎まさよしで誤魔化してるけど、ぜんぜん特定の異性への想いを振りきってないのが、ありありと手に取るようにわかる。
手紙から想像する彼女が、いつもひとりだったとかいう前提が間違ってたんだよな。二人のあいだに横たわるのは、ありきたりな真実。運命の人などいない。そして、夢や望みが叶わなかったあとも、人生は続けなきゃなんない。信仰を折られた男は、不感症の身体を引きずりながら町のなかで生きていく。童貞へそ曲がり誕生物語。心の敏感なところを、めちゃくちゃ抉られた。息ができない。窒息する。呪物だ。
一時間程度の短い作品なので、なんか機会があるとみちゃう。観るの4回目くらいだけれど、やっぱり第二編「コスモナウト」のサーフィンやってる女の子のはなしが一番好きだったなあ。
あの子のなかでは、初恋の遠野くんとして、主人公は甘酸っぱくてほろ苦い思い出のなかに生きているのかな…と。もしかしたら、彼女のなかでも…。それだけでも救いなんじゃなかろうかと。
そのあとで、地獄みたいな第三巻になるわけですが…。「私も彼もコドモだった。」そんなんで片付けられちゃうのが辛い。どうしたって辛い。
僕は主人公擁護派っていうか、生まれ持った気質が彼と同じウジウジ系なもんだから感情移入しすぎるっていうか、結局のところ雪の降る夜に木の下でキスした二人が、あの後なぜうまくいかなかったのか、いまだに、よくかわかんないんだよな。それが、恐怖です。
主人公みたいにモテたことはないのだけれど、僕のなかにも彼のようなイタい要素は多分に有るもんだから、彼の何がダメだったのかわからないままでいると、この先で足をすくわれそうな気がして、それが怖くてたまらない。だから、あいだを空けて観続けなきゃなんない作品だと思っているのです。第二幕が好きなのは、僕がまだまだお子ちゃまだからなんだろう。
青臭い失恋。そんなもん乗り越えて当然のことみたいに言われちゃうけど、そんなの個体差じゃんさっ!何者かになるために大切なものを捨てなければならないんだって、それはわかる。けれど、きっと心のどっかでは引っ掛かってて、それは一生引きずってくしかない。それが、男の子ってもんでしょうがっ!
しかし、映像がきれいだ。新海誠の目には、星も水も、このくらいキレイにみえているのだろうか。目がいいと人生は楽しい。
僕はといえば去年から眼鏡族で、左目のほうがぼやぼやしてる。おしゃれなヤツにしたくて縁が大きいのをかけてたけど、重いし顔になにかを押し当てられてるみたいな違和感があるから、背伸びせず縁が細くて軽いのを今度買いにいきましょうか。セカイをよく見とかないと、なにか大事なことを見逃しちゃいそうだから。