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秒速5センチメートルのmidoredのレビュー・感想・評価

秒速5センチメートル(2007年製作の映画)
2.0
初恋の彼女が忘れられない青年のモノローグ。

線路の向こう側で彼女が振り返ってくれるのを待つだなんて、ようするにこの主人公、本当は彼女に会いたくもないし、付き合いたくもないのだなと思いました。栃木まで会いに行く時にしてもやたらと雪が妨害して彼女のいる所までなかなかたどりつけない。会うことへの葛藤と恐怖感が雪になっているわけです。

人を好きになるのを惹かれると言いますが、この主人公は彼女に惹かれていませんね。磁力がまったくない。足を血だらけにして無心で追いかけた『道成寺』の清姫と違って、本当の意味では相手に惚れていないし、求めてもいないのです。

それよりも、時々取り出してアメ玉のようになめて良い気分にひたれる「美しい思い出」すなわち「イメージ」のほうが、彼にとってはずっと大切なんだろうなと、見ていて思いました。これは恋愛でもなんでもありません。

だから、届かない届かないと辛気臭い顔をしていますけれど、これも本心では届かない距離にとても安心しているのです。屏風に描いてある虎のまえで「かかってこい」と構えて見せるようなものです。実際にかかってこられたら困るはずです。

現実の他者というのは、💩もすれば歳もとり、もしかしたら自分に幻滅したり拒絶するかもしれない存在ですから、この主人公のようにイメージ最優先の自閉的な人は他人と関わるのが嫌なのでしょう。

そもそも家族や同性の友人は気配すらありません。掘立て小屋に泊まったくだりなど、保護者に養われている未成年なのに家族に心配かけるとか、怒られるかもしれないなどの、家族の気配がなさすぎて驚いたくらいです。

それでもかつてはキスできるくらい現実だった彼女も、引っ越しやらなんやでどんどん遠ざかり、めでたく観念にすり替わって秒速100億光年でロケットを飛ばしたとしても届かない存在になります。アニメのキャラに触れないのと同じく観念には永遠に触れませんから。これは逆に言えば、「自分が」彼女から触られる心配もないということでもあります。

結局のところ、この主人公が一番求めていたのはこれでしょう。我に触れるな、と。可愛い女子の唇の表面ですら受け入れ難くて、ごちゃごちゃ言いながら遁走しています。本来ならあれが恋のはじまりなのですが。サーフィン娘は彼の分身として正確にそのメッセージを受け取ります。

それで主人公は聖なるバージン・ボーイとして次元上昇するのかというとそうでもなく、かえって恋愛に対するファンタジーを育てて半端に男女交際に手を出しては鬱々としたポエムを連発しています。やることが中途半端なのです。嫁は2次元と宣言しながらオタサーの姫に色目を使うが如しです。それらをごまかすかのように、やたらキラキラした風景やラブソングで目と耳にフタをして唐突にモノローグは終わりをつげます。

脇役が主人公のクローン人間のようだったり、よく見ると事物が奇妙に歪んでいたり、ヤケクソのわんこそばのように繰り出されるキラキラ風景ふくめて、童貞かつオタク当事者の葛藤や恐怖感、憧れ、ナルシシズムを余すところなく表現していて見事でした。

単純に話が退屈なので点数は低くしましたが、赤裸々な表現物としては一見の価値ありだと思います。

湯っ子さんのレビューに触発され見ることができました。ありがとうございます。
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