ALABAMA

晩春のALABAMAのネタバレレビュー・内容・結末

晩春(1949年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

松竹映画。小津安二郎監督作品。松竹本社ビル内にある東劇にて4Kデジタル修復版を鑑賞。この鑑賞日の次の日、原節子さん逝去の報道が入る。原さんはこの作品で初めて小津作品に起用され、以後常連女優となる。
戦後の日本。男鰥の大学教授であり父親の周吉は、一人娘、紀子と二人で鎌倉の家に暮らしている。紀子は周囲から結婚を勧められるが、父が一人になることを憂いて頑なに拒絶する。父は父で、紀子のことを想い、結婚を勧める。晩春の頃、微妙な父心、娘心の揺らめきを描いた小津安二郎の代表作。
よく諸先輩方は、年をとって息子、娘を持つようになったら小津映画の良さが分かるというが、もう小津映画で良いなぁと思っている自分は感性が年寄りなのだろうか。この映画は娘が父を心配している、父が娘を心配しているという様な単純な構造ではない。紀子は周吉が自分も結婚するから心配するな、お前も嫁に行けと鎌をかける場面で、明らかに嫉妬の顔色を見せる。周吉はそれに気づかず、紀子の異常に首を傾げる。また父と能を観に行った折、紀子は周吉の想い人を見つけ、また嫉妬を燃やす。紀子が縁談を承諾した後、親子二人で京都に旅行に行った時、宿屋で二人分布団を並べて紀子は周吉に縁談は破談にして又、二人で住みたいという願望を話すが、周吉は紀子に人の幸せについて説き、紀子を諭す。親子心を主題にしながらも、構造は完全にメロドラマとなる。二人の幸せの日々が突如、周辺環境から齎されたきっかけによって崩壊し、別々の道を歩むことになる悲劇である。父・周吉、娘・紀子を男・周吉、女・紀子として二面的に描いている点で、この映画は近親相姦の要素を含んでいると、壷ショットと合わせて長らく議論の対象となっている。
小津作品の特徴であるイマジナリーライン上の返し、計算されたフィックスショット、ローアングルもしっかり観られる。いつも感じることであるが正面ショットの返しは、やはり違和感を感じる。ショットとショットをカットで割って繋げる時、カット部分にはわずかな時間が生じる。そして観る側は無意識のうちに、感覚的にキャメラポジション切り替えの時間を感じてしまう。これを会話のシーンの切り返しで使ってしまうと時間と会話のテンポにズレが出て来て、芝居の流れを切ることになる。
ローアングルのショットは、日本家屋においてとても効果的に美しいショットを撮ることが出来る。実際に日本家屋の中、外でハイポジション、ローポジションで撮ってみると、その違いは顕著に分かる。畳に座る文化である以上、普段から床を高い位置から見下ろす視点に立つことがないことからだろう。
又、日本家屋でキャメラを動かすことは非常に難しい。そして空間構造上、フィックスショットが美しく決まるという点で小津安二郎の計算されたポジションと奇麗にマッチしている。多くの監督が日本家屋内でキャメラを動かしたがらないが、大映の伊藤大輔監督は柱等の障害物をうまく利用して、まるで蛇のように動かす。小津監督と伊藤監督の作品を両方観てみると非常に勉強になると思う。
今回の上映は4Kデジタル修復上映という松竹120周年の一大事業の一つであったが、まるでデジタルで撮ったかのような鮮明な映像に驚きを隠せなかった。
所々で周りからイビキも聞こえたが、季節の変わり目という、言わば祭りの終わりのような心寂しい時節に、一つの小さな関係の終わりを重ねた静かな一本に満足だった。