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「晩春」に投稿された感想・評価

このレビューはネタバレを含みます

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こたつ

こたつの感想・評価

3.8
北鎌倉〜茅ヶ崎ってちょっと散歩の距離?

コカ・コーラの看板だったり能のシーンが長尺なのも戦後の瞬間を切り取ったうえで全然ホームドラマなのがすごいし、今のテレビのホームドラマに影響与えた人ってすごくない?

嫁にもらう、もらわれるの感覚もお茶でお茶を持ってくる感じも全部昭和だけど「嫌だったら戻ってきちゃえばいいのよ」というバツイチの友だちだったり、「結婚するから幸せなんじゃなくて」のくだりはめちゃくちゃ頷いちゃった
小津の映像や演出スタイルが確立されたといわれる作品。父と娘の悲哀を描いている。原節子も笠智衆も少ないセリフと感情を押し殺した演技に、今の若者ならどんな感情を抱くのか? 時代が変わっても父と娘は、変わらないテーマなんだろうね。
津次郎

津次郎の感想・評価

4.0
小津安二郎に、裕福な人たちが出てくる映画──という印象をけっこう強くもっている。
長屋の映画もあったが、あつかうひとたちは、裕福が多いのではないかと思う。

いちばんゆうめいな東京物語にしても、貧乏ってわけじゃないが、やや庶民かと思う。
長男は医者とはいえ町医者である。長女は美容院をやっている。みんな忙しくて、葬儀が終わったらとっとと東京へ帰ってしまう。次男は戦死しており、紀子はお隣にお酒を借りに行く、質素な未亡人だった。

晩春の父娘はもっと裕福である。
衣食足りて礼節を知る、と言うが、人間のもんだいを描くために、最低のことは満たしておく必要があったのだろうと思われる。

中産階級になって、はじめて家族の諸問題は見える。それより貧困ならば、もっと別の悲哀になってしまう。だから、小津安二郎の人たちは裕福なのだろう。と思う。カラーになると裕福がさらにアップした。

わたしは祖父や父から、あるいは昔の人たちから、戦後が貧乏とイコールな印象しか持っていない。だけどその感じが小津安二郎にはない。自身が復員して間もないのだが、映画には戦争の気配を介入させなかった。

晩春は1949年で、大局的にみると、戦後まっただなか、社会が混乱しているなか、娘が嫁に行く話なんて、ゆうちょうだなあという批判が、あったという。

一方で、戦争はおわったわけだし、戦争から離れて、家族の問題に向き合うのはさすがだという称賛も、あったという。

紀子三部作と言われるものの最初で、紀子は父と鎌倉に住んでいる。三部作といえども繋がっているわけじゃなく、それぞれ別個の話だが、原節子が紀子という役名で、三回やってるから紀子三部作だそうだ。

よくしらないが、鎌倉に代々住んでいる──なんてひとは裕福であろうと思う。

「ここ海近いのかい?」
「歩いて14、5分かな」
「ああいいとこですね、こっちかい海?」
「いやあこっちだ」
「ふうん」
「八幡さまこっちだね?」
「いやあこっちだ」
「東京はどっちだい?」
「東京はこっちだよ」
「すると東はこっちだね?」
「いやあ東はこっちだよ」
「ふうん、昔からかい?」
「ああ、そうだよ」
<二人笑い>
「こりゃあ頼朝公が幕府をひらく訳ですよ。要害堅固の地だよ」
父役の笠智衆と叔父役の三島雅夫の会話だった。

八幡さまとは鶴岡八幡宮であろう。家に、縁側があり、庭がある。そこが涼しげに開かれている。歩いて14、5分ならば、ときどき潮風=海の香りもはこんでくるだろう。

主人が着物をきて居間で来訪した叔父をもてなしている。
女たちはかしましいが、男女の地位には封建制がある。
父娘だって、いまから考えりゃ堅苦しい。
父が叔父と相酌しているんだが紀子が燗をつけたのを「すこしぬるいな」「あら、じゃあ」「いやいい、あとの熱くして」なんて言う。いまの娘ならおやじ自分で燗つけろよと言うだろう。

嫁入りのまえに、父娘と叔父夫婦で、京都へ旅行する。
旅先で父娘が床を並べて寝る。
カメラが部屋の床の間の壺をあんがい長くとらえる。
そのシーンが論争をもたらした。とwikiに書いてあった。
壺は陰部をあらわし、はっきり父娘の近親相姦の映画と言ってる論者もいるようだ。

そんな風にも読めるが、それらはもちろん、うがちすぎである。小津安二郎が近親相姦の映画を撮ろうとしたはずがない。
息子が母にあこがれる、娘が父にあこがれる、それは普遍なことだ。

外国の論者は父娘が床を並べて寝る旅館のシステムに奇異を感じたのかもしれない。
むろん、いまの父娘は、そんなことはしない。

晩春は東京物語につぐ人気や知名度がある。
海外の研究者も多い。
そして壺のカットは、メタファーや寓意を、論争させるほどに、やや長かった。

が、晩春は紀子の婚前ブルーと、残される父の寂しさを描いた映画である。
それらは、宇宙人でもわかるほどに、丁寧に描かれているが、個人的には東京物語に比べると通一遍な感慨しかない。
いんしょうに残ったのは上述した父と叔父の会話と、彫像のようにきれいな月丘夢路だった。

そもそもいまわれわれが小津安二郎をみて、どうこうというのはない。
ただこれらの普遍な映画世界が価値の高いものだということは百姓のわたしにもわかる。(気がする。)

よく思うのだが外国人にsunny smileと評される原節子の笑顔は、個人的な見地だが、とても無理笑いであると、かんじる。

こんだけ無理な笑いもないだろう──ってくらいな無理笑いなひとだと思う。

なんか見ていて痛々しいのである。このひとが笑っているだけで、哀しくなる。

原節子が引退した理由は、演技をすこしも楽しんでおらず──ただわたしは家族をサポートするために、ながなが我慢して銀幕のスターをやってきたんだ──もうやめさしてください。というものだったそうだ。

1960年代に40代なかばでやめ、そこから半世紀経った2015年に95歳で亡くなるまでインタビューも写真も拒否し世界から永久に背をむけつづけた。

そして、そんな隠遁生活をおくるであろうっていう気配は、晩春にも麦秋にも東京物語にもある。なにしろ笑っているだけで痛々しいんだから、無理強いしている気がするんだから。
終の住処は晩春とおなじ鎌倉だった。
きっと楽しく豊かな孤独を過ごしたのだろうと、希望的観測している。
voli

voliの感想・評価

-
気持ちセリフだなって思ったけど時代を反映するのが映画だとしたら仕方がない 風景のショットが良すぎる
ツ

ツの感想・評価

4.2
安直に昭和の古き良き日本を感じるのには丁度いい小津安二郎。
本当に映像と音楽がどれも素敵。
R

Rの感想・評価

3.8
結婚の悲しい側面が描かれてる
どこかのだれかに嫁ぐということはずっと一緒に過ごしてきた親とはお別れするということ
親離れする娘と子離れする父親の哀愁
それから発端になったおせっかいおばさん
全部の登場人物がいい味出してる〜

父親としては娘は結婚して幸せになってほしいと思うけど娘は父親が1人で生活できるか心配だし一緒にいたいと思う。父親は結婚する幸せを説くけれども、、、

戦後数年の作品だけあって今と結婚観違うけどおもしろい。こういう作品は現代では作れないだろうなぁ

あったかい家族を主軸にするけど現実的な面を決してボカしたりしない小津作品だいすきだ…

紀子三部作残すは「麦秋」のみ!
小津安二郎作品2作品目

大人になったら結婚をして、それが一番の幸せだという時代にあまり結婚に対して乗り気じゃない女性とその周りの人達が結婚させようとする話。


父親のことが心配で結婚に踏み切れない感じだったり、自分の意思を持ちつつそれをしっかり表現できてる感じがリアルだったし、原節子さんの美しい表情といい笠智衆さんの哀しい表情といい俳優陣の表情が凄く良かった。
昔ならではのゆっくりした時間の流れといい、人間関係だったり近所・親戚付き合いが小津安二郎監督によって引き出されていて人間味のある映画だった。
OMRICE

OMRICEの感想・評価

4.0
秋刀魚の味とはまた違った感じ。よい。
パンと紅茶、コカコーラが戦後って感じ。ダメダメ〜笑鎌倉から茅ヶ崎まで行ったのすごすぎ。クーちゃんの下り笑っちゃった。一世一代の嘘。
Nakao

Nakaoの感想・評価

3.9
僕たちの思い描く小津安二郎、所謂小津映画の様式美を作り上げた最初期の傑作。

古臭い?否、戦後数年後とは思えない時代比では進歩的な考え方の登場人物ばかりで驚いた。

服部「繋がってますね?お宅ら」

紀子「そう、包丁が良く切れないの」

こんなにウィットに富んでおしゃれなセリフ今の邦画じゃ見当たらない。
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