まや

簪(かんざし)のまやのネタバレレビュー・内容・結末

簪(かんざし)(1941年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

こちらもなかなか観られなそうな作品と思い、鑑賞。とても面白かった。戦争によりとても社会が厳しい状況の中でこんなにもそこから切り離された物語を作り出していたことに脱帽だし、物語の持つ意味、映画の存在意味がこの頃から見出せる作品だなと思えた。

温泉宿を舞台とし、気難しい学者を中心にその周りの人間関係を描く。また、その中で簪を落とし怪我をさせてしまったと謝りにくる女性が加わる物語。

まず、この屁理屈をこねくり回すような学者のキャラクターが好きだし、それを取り巻くその他の人間についてもとても良かった。(なんでも奥さんに聞く若者も好き)終始クスッと笑いたくなる。このコメディ感が全然昔の感じがしないし、笑顔になれる。また、簪が足に刺さったのを「情緒が刺さった」と言い換えるの凄くいい。そして、その後の簪の持ち主が美人か不美人かの話から生じる「情緒イリュージョン」という言葉、初めて聞いたのにとてもこの状況が分かりやすく伝わる言葉で凄く好きだった。

そこから、徐々にこの簪の持ち主の女性にフォーカスしていくが、この展開もとても絶妙で引き込まれた。この女性は不倫関係にあった男と別れ、東京の家を飛び出してこの温泉地に来る。だから、東京に帰ったら自分の居場所がないのだ。最初はそこから抜け出して新たな人々との出会いや、子供たちの日々にとても明るい表情をしているが、怪我をした納村の足が徐々に治っていくことで悲しい顔になっていく。自分だけ取り残されてしまうから、自分には帰る場所がないから。この悲哀の感じがとてもじんわり伝わってきた。最後も、この女性は思い出の場所を1人で歩いてその日々を思い出すかのように物語が終わるのも良かった。サラッとした終わり方で余韻の残る感じだった。

途中、木々の光のなか、会話をするシーンがいくつかあるが、その美しさが、モノクロの映像の中であるのにとても伝わってきて色があるような感覚にさせられた。

人間として生き生きとしたキャラクター造形に引き込まれ、面白さと悲哀さと人間の抱える様々な感情がバランスよく描かれるのが心地よくずっと観ていられるなと思った。
まや

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