りっく

大鹿村騒動記のりっくのレビュー・感想・評価

大鹿村騒動記(2011年製作の映画)
3.5
「大鹿歌舞伎」は長野県の大鹿村で今も実際に継承されている伝統である。この村における「歌舞伎」の存在意義は計り知れない。300年もの間、中断せずに上演され続けているということ以上に、顔なじみの人々が素人俳優として演じることに意味があると思う。それはまさに「虚実皮膜」の世界である。

他者を「演じる」ことは、相手に何かを伝えたり、自分や他人の人生を変えることができる。それは歌舞伎に限らず、映画も含めたフィクションの力である。だからこそ、登場人物が歌舞伎を演じることで、劇中の観劇している人々に何かを伝え、さらに彼らを映した画面を観ている我々もそこから何かを感じ取る。それこそが映画が持つ「可能性」だと思う。

本作では「駆け落ち」「親友の裏切り」「戦争の後遺症」「認知症」「性同一性障害」など、掘り下げれば深刻になりそうなテーマが散らばっている。だが、それらは登場人物の克服すべき壁として、いい意味で表面的に触れられるだけだ。だからこそ、本作はネガティブな湿っぽさではなく、ポジティブな笑いが充満している。過去を引きずる人々の物語でありながら、フラッシュバックは一切ない。まさしく、そこにいる役者の演技力や魅力のみで見せていくのだ。

特に本作が遺作となってしまった原田芳雄の存在感が素晴らしい。彼にとっては考えてみれば、決して許されざる話であるにもかかわらず、最終的には全てを受容してしまう人間的な器の大きさ。「オレはそんなチマチマした小せえ男じゃねえよ!」と笑い飛ばしてしまうような寛大さ。どこか抜けていて、鈍感であるにもかかわらず、結局頼りになる男。物語上は強引な結末であるにもかかわらず、「原田芳雄」という存在だけで、説得力を持たせることに成功しているのだ。
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