本作は、『Camp de Thiaroye』同様にフランスによる植民地支配を題材としている。フランスが戦争のための資源としてセネガルのディオラ族の人員と米を搾取している。白人がトップにいる者の、セネガル人を媒介に分断を引き起こしている点は『Camp de Thiaroye』と共通している。映画はこのような搾取に対する抵抗を描いている。センベーヌ・ウスマンは、連帯を描く際に比較的わかりやすいイメージによる群を作り出している。赤い帽子をかぶった兵士、市民、白人といった記号に落とし込みながら、個が群れを形成して行き抵抗していく様子を通じてセネガル社会が抱える問題を国民に伝えようとしている。今まで、視覚イメージのための映画というメディア選択といった表層的な面でセンベーヌ・ウスマンを観ていたのだが、本作を観ると一歩踏み込んだ連帯の側面が見えて来たのであった。