2024年238本目
“それはきみの幻影だ”
第一次世界大戦下のドイツ捕虜収容所を舞台に、様々な国籍や年齢、階級の人々が繰り広げる人間模様を描き、外国語映画として初めてアカデミー作品賞にノミネートされた反戦映画の傑作
ドイツ軍捕虜となったフランス飛行隊・マレシャル中尉とド・ボアルデュー大尉は、度々脱走を繰り返し、脱出不可能とされる古城の将校捕虜収容所に送られる。そこで所長をつとめるのは、かつて2人を撃ち落としたドイツ貴族・ラウフェンシュタイン大尉だった。同じ貴族階級のド・ボアルデューとラウフェンシュタインは親交を深めていくが、マレシャルたちの新たな脱走計画は着々と進められ……。
監督は、戦前期のフランス映画界を代表する映画監督の1人であるジャン・ルノワール。ルノワールは、従来の戦争映画が娯楽中心の安直な愛国精神を謳ったものばかりなのに不満を持ち、「戦闘員たちの真実の姿」を描く作品を作ろうと、自らの戦争体験を元に本作を形作っていったという。
『現金に手を出すな』のジャン・ギャバンが主演し、サイレント映画時代の名匠・エリッヒ・フォン・シュトロハイムがラウフェンシュタイン役で圧倒的な存在感を見せている。
発表当時センセーショナルな反響を呼び、ルーズベルト大統領は「世界の民主主義者は見るべきだ」と称賛したが、ドイツ、イタリアなどのファシスト国家では反戦的人道的内容が批判され、ゲッベルスは「民衆に敵対する映画第1位」と批判、フランス国内でも上演禁止騒ぎが起こるなど賛否両論を引き起こした。第二次世界大戦下、ドイツがフランスを占領した際、真っ先に押収したもののひとつが本作のフィルム。ゲッペルスはジャン・ルノワール監督を「映画界の公敵ナンバーワン」と呼んでいたそう。
戦争の恐ろしさを強調する単純明快な戦争映画とは違い、登場人物たちの複雑な差異やつながりを描いている。戦争賛美的な描写はなく、登場人物は人間味があり、悪人はほとんど存在しないからこそ、戦争の無意味さを強く訴えかけてくる。
登場人物たちは皆、階級・国籍・宗教といった明確なアイデンティティを持っている。異なるアイデンティティを持っていたとしても、人間同士は繋がることができるというメッセージが伝わってきた。