TaiRa

終電車のTaiRaのレビュー・感想・評価

終電車(1980年製作の映画)
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メロドラマ=視線の映画というお手本。幸福な話で良かったと妙に思わせる。

ドイツ占領下のパリを舞台にユダヤ人演出家の夫を匿う妻と舞台出演者の俳優との恋が描かれる。描かれる、と言っても直接的な恋の描写は制限されていて、ドヌーヴがドパルデューをある瞬間に見つめた事象だけが提示される。視線のみで恋を描く上品さ。ある意味冒頭の面接を待つドパルデューが隣の部屋のドヌーヴを盗み見る場面からして「視線の映画」の自覚がある。この二つの開いた扉の向こうにドヌーヴが見え隠れする部分が、「女の中の二面性」みたいなものの象徴にも見える。ドヌーヴは地下に演出家の夫ベネントを隠していて夜な夜な会いに行く。夫が地下から舞台の稽古を盗み聞きし、妻と俳優の想いを(いつの間にか)読み取ってしまうのも洒落てる。想いに気付く/読み取る描写の上手さで恋愛映画は質が決まる。トリュフォーらしいアーティスト讃歌な部分が出ている初日の舞台裏描写が良い。地下でソワソワする夫/演出家をなだめた妻/女優がトイレへ駆け込んで吐くとか、出番直前までトイレで吐いてる主演俳優とか、裏方の台詞「初日は劇場が便所になる」の良さとか。ナチスの目をかいくぐるスリリングさ、ドイツ兵が街中を闊歩するなど不穏さが充満する中、芸術の尊さや恋愛の尊さが戦況に応じて巻き返すのが多幸感を生む。ラストの少し未来を見せるシークエンスとその後の「騙し」も粋。
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