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スピード・レーサーのnetfilmsのレビュー・感想・評価

スピード・レーサー(2008年製作の映画)
3.8
 勉強がからっきし苦手で、幼い頃からレースのことしか頭になかったスピード・レーサー(エミール・ハーシュ)。父はレーシングカーデザイナー、兄は天才レーサーというモーター・スポーツ一家に育った少年は半ばドライバーになることを宿命づけられている。だが彼が心から慕う年の離れた兄はレース中の事故により他界した。こうして少年は兄の背中を追うようにモーター・レースの道を歩み始める。タツノコプロの『マッハGoGoGo』を原作とする物語で、父のレーサー(ジョン・グッドマン)や母(スーザン・サランドン)や弟、そして早くから彼に恋していた恋人トリクシー(クリスティーナ・リッチ)らがスピード・レーサーの活躍を応援する様子はさながら幸福な大家族であり、貧しいながらも主人公は家族の期待に応えようとただひたすら努力するのだ。だがそこに巨大資本の魔の手が迫る。ウォシャウスキー作品はいつだって自分が自分で居られなくなることの恐怖や不条理を問う。大企業のオーナーでもあるローヤルトン(ロジャー・アラム)は前途有望な若い才能をお金と地位と名誉で釣ろうと躍起になるのだが、その夢のような世界は人間を扱うというよりもロボットを作り出すような雁字搦めな管理社会で、誰も強権を振るうオーナーの意向には逆らえない。

 今作はひたすら多好感に溢れるおバカ映画を巧妙に装うが、実際は自分が自分自身でいようとするスピード・レーサーと、自分が自分であることを偽ることしか出来なくなってしまったレーサーX(マシュー・フォックス)の悲哀とを対比的に描く。ウォシャウスキー兄弟の映画はいつも主人公が孤独だが、今作ではレーサーXこそが孤独を背負いし人物に他ならない。腕には自信があるものの、常に真っ向勝負が信条な主人公とそれを取り囲む大家族は常に誰かに騙され、偽られ、搾取されて生きるのだが、やがてディテクター警部(ベンノ・フユルマン)に連れられて家族の元へとやって来たレーサーXが彼の走りを助けることとなる。大家族にとって兄を失ったことは言いようもない悲しみであり、やがて兄は権力者たちに操られたレーサーたちが行ってきた数々の不正を暴こうとしたことが元で、命を奪われたことに気付く。映画はまるでアメリカン・キャンディのような原色ばりばりのカラフルな色彩でこれまでのどのウォシャウスキー作品よりもPOPに迫る。ハイ・スピードで近未来的なレース映像も楽しいが、忍者、猿や弟のガキっぷりなどもオリジナルに忠実で、おもちゃ箱をひっくり返したように楽しい。クライマックスで明かされるレーサーXの悲哀は、性別適合手術を控えた兄弟(兄の手術は2016年)の苦しみを代弁するかのように胸に迫る。
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