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マダムと女房のSのレビュー・感想・評価

マダムと女房(1931年製作の映画)
3.5
日本における最初の本格的トーキー(発声映画)と位置付けられる作品である。

北村小松の原作・脚本を五所平之助が監督したコメディで、日本初の本格的トーキー作品として知られる。トーキーを意識した、全編「音」が鳴りっぱなしの賑やかな作品。同時録音だったこともあり、撮影現場はありとあらゆる防音対策が取られたという。

劇作家の芝野新作は、脚本を書くため東京の静かな郊外の住宅地へ引っ越した。様々な邪魔が入り執筆が進まない上、隣の家から大音量のジャズが聞こえてきて仕事が手につかない。新作は隣家に怒鳴り込むが、その家のマダムにメロメロになってしまい、ジャズを口ずさみながら帰宅する始末。新作は順調に脚本を書き進めるのだが、妻は隣のマダムに嫉妬していた...。

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この映画の前にも日本でトーキーは何本も作られている。1927年の小山内薫監督『黎明』こそ、劇映画としての日本のトーキー第1号である。しかし、この映画は、わずか3巻の短編であり、表現主義的な様式化したセットで新劇俳優による極めて台詞の少ない一種の前衛映画で、東京で一日だけ試写が開かれただけに終わった等、『マダムと女房』より先に公開された所謂ミナトーキーの作品が幾つもある。
にもかかわらず、『マダムと女房』が本格的という言葉さえ省略され日本最初のトーキーのように思われているのはなぜか。
それまでの作品と比べて、録音の技術的な高さによって、音が一際澄んで美しいこと。
当時29歳の新鋭監督・五所平之助を起用しただけに、純粋に映画的に構成されており、無声映画まがいの字幕が混じるといったものとは根本的に違って、全編にわたり日常的な会話がそれまでの作品とは桁違いに「澄んだ」ものとして聞こえたことによるものだという。

内容は至って他愛もないコメディであるが、松竹キネマ(蒲田製作所)の得意とする日常スケッチ的なナンセンス喜劇に、チンドン屋から猫の鳴き声まで含めてジャズに至るまで、今から見るとおかしいほど次々と音を詰め込んでいる。
東京浅草生まれの渡辺篤の早口な東京弁に対して、下関に生まれ大阪に育った田中絹代は当時はまだ関西訛りが酷く、一種の野暮ったさが当時でいうモダン・ガール中のモダン・ガールであった。劇中夫に呼びかける「ねぇ、あなた」という台詞が流行語となった。伊達里子の隣家のマダムといい対照だったという。
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