まぬままおま

歩いても 歩いてものまぬままおまのレビュー・感想・評価

歩いても 歩いても(2007年製作の映画)
4.3
是枝裕和監督作品。

めっちゃいいやん…是枝監督作品の暫定一位です。

死んだ兄の命日のため、祖父母宅に阿部寛演じる次男の良多夫婦と姉夫婦が集う。ドラマチックな展開はない。ただ集まって、料理を準備して食べて、生活の営みをする。1泊2日の物語。ただ家族とは愛憎混じりで、皆本当に色々なことを考えてるな~という気持ちになる。

それもそうだ。家族とは血縁なるものでつながりはあるけれど、年も性別も違う。実家を生きた親と実家から離れた子でも歴史や経験が全く違う。もちろん姉夫婦の夫や良多の妻のゆかりや連れ子のあつしは、横山家と血縁関係にはない。あまりにもバラバラな者たちでしかない。

けれど家族として生きていかなければならない。だから命日だけでも顔を合わせる。料理を準備する行為を通して、歴史と経験を伝え合う。机を囲んだら「喧嘩」が始まるが、世間話で調整する。もちろん祖母や姉のように緩衝材になってくれる人もいるし、二人もまた「使用人」ではない愛憎混じりの対等な人間だ。

本当にそのような家族の情景が、生活の営みからまざまざとみえる。そして生活の営みは彼らを忙しなく移動させ、たちどころに様々な関係性を現していく。全てを記述することは不可能だ。それだけ豊潤なイメージに溢れている。

ひとつ具体を記述しようとすれば、祖父とあつしの関係だ。あつしは15時のおやつで白玉を食べているときに、祖父の診察室に侵入する。祖父は典型的な家長像であって、仕事一筋、故に家族とは上手く馴染めずに診察室に退職後もこもっているのだ。そんな祖父とあつしは対面し、「診察」が始まる。祖父はあつしに将来の夢を聞くのだが、あつしは「ピアノの調律師」と答える。それは先生が好きといった女関係であることが発覚し、二人の関係は和みつつ観客は笑わざるを得ない。そして祖父はあつしに医者になることをすすめる。このことは感動的だ。祖父とあつしに血縁関係はない。でも家族だから、家業である医者を勧め、あつしに期待するのだ。そこに祖父は家業を継がなかった息子二人に代わって、実現させようとするエゴは孕んでいる。しかし家長たる者が最も血縁をどうでもよく思っているし、家族として迎えれているのだ。それは祖母とは全く対称だ。そしてあつしもまた離ればなれになった実父の仕事を継ぎたいことを隠して、祖父と上手く折り合いをつけていることも後に分かる。

本当に家族とのつながりはこんな感じでいいんですよ。自らの家族ー家族と呼ばなくてもいいし、あえていうなら親密性ーを大事にして、たまには顔を出す。その時は仲良くしようと頑張る。喧嘩になることもある。確執は残る。和解もない。しかし実家に戻るといった関係の変更可能性を残して、いつかの約束をして帰ればいい。もちろんその別れが最期になることもある。けれど残された者は歩き続ける。

歩いても歩いても家族との完璧な調和は実現しない。だが歩かなければ会えないこともまた事実なのだ。